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暁の星と月
第8章 月光小夜曲
客間は二人きりとなった。
百合子は風間と目が合うと堪らずに背を向け、俯いた。
着の身着のままで飛び出したので、普段着の地味な結城紬姿、髪は髪留めも付けぬ束髪のままなのも、華やかな美貌の義弟の前では惨めな気持ちになり、居たたまれなかった。
暫くの沈黙の後、風間は口を開いた。
「…義姉さん…。俺と…結婚してくれ」
百合子の華奢な肩が震える。
「…暁の好意に甘えてフランスに行こう。俺が義姉さんと司を守ってゆく!…だから、俺と結婚して欲しい」
百合子の後ろ姿は振り向かない。

風間が気弱に呟く。
「…俺じゃ頼りない?…俺は兄さんみたいに秀才でもないし真面目でもないけれど、俺は義姉さんと司の為に必死で働く!絶対に二人を幸せにする。…だから…!」
百合子が必死に首を振る。
「違うんです。…私は…忍さんには釣り合いません。…忍さんより八つも年上だし…」
「関係ないよ!」
「…子供もいます…」
「司は俺の可愛い甥っ子だ。これからは自分の子供だと思って育てる!」
「…し、忍さんは…本当ならもっとお若くて可愛いらしい純粋無垢なお嬢様と…いくらでも良いご縁談があるのに…」
風間は地団駄を踏むように脚を一歩進めた。
「そんな女なんかに興味はないよ!…俺は…俺は義姉さんがいいんだ!」
叫ぶや否や、風間は百合子を背中から強く抱き締める。
百合子のか細い身体が細かく痙攣する。
「義姉さんが好きなんだ!…ずっと…ずっと…!…義姉さんが嫁に来た時から…!」
「…忍さ…」
振り返りざまに、百合子の唇は風間のそれに荒々しく奪われる。
百合子の声にならない叫びは風間の唇に吸い取られ、代わりに熱い吐息が愛の言葉と共に吹き込まれる。
「…百合子…!…愛している…!」
「…忍さ…ん…」
風間は百合子の震える花のような唇を解放すると、小さな顔を両手で包み込む。
そして、涙を湛えた美しい双眸を優しく見つめ、囁く。
「…百合子は…俺が好き…?」
百合子の涙が絡んだ長い睫毛が震える。
少女のように可憐な眼差しが風間を捉えた。
「…愛しています…。旦那様を亡くして…本家を出て…司と忍さんは…私の生きる希望でした…。…でも…」
みなまで言わさずに再び唇を封じる。
そして魅惑的な眼差しで微笑む。
「…でもはなしだ。百合子…」

…隙間が開いた扉から二人を見守っていた暁は、ふっと微笑むとそのままゆっくりと踵を返した。




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