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銀木犀の香る寝屋であなたと
第1章 月夜の出会い
「ここに何しに来た」

 少年が問う。

「あ、あの。おとうさまを追いかけて」
「えっ、だんな様を? じゃあ、お前、いや、あなたは珠子おじょうさんですか」
「はい。珠子です。ここはあなたのおうちなの?」

 みすぼらしく小さな小屋はどうやら彼の家のようだ。

「うん」
「どうして、おとうさまはここにくるの?」
「そ、れは、その、かあさんに会いに……」

 少年が言い辛そうにしていると小屋の中から『うぅっ、ふぅうう』とうめくような声が聞こえた。

「な、なにかしら? 誰か苦しんでいるの?」

 心配そうな珠子の手を再度引っ張り、もう少し小屋から離れた木の下に移動する。

「苦しんでるんじゃない。だんな様とうちのかあさんが……あいしあっているんです」
「アイシアッテル……?」
「うん」

「苦しそうな声でしたけど……」
「大人だからちょっとちがうんだ、子供とは」

 珠子には『アイシアッテイル』状況を全く理解することが出来なかったが、浩一が少年の母親と会うためにここにきていることは分かった。

「つまり、おとうさまはあなたのおかあさまが好きってことかしら」
「たぶん……」

「そうなのね。最近読んだご本に大人の男の人と女の人は好きになるとこっそり会うと書いてあったわ」

 珠子は理解できたことにぱっと顔を輝かせたが、少年は顔を曇らせた。

「あの、嫌じゃないの……」
「え? どうして?おとうさまが喜んでいるならとてもうれしいわ」

 珠子の母親は彼女を生んだと同時に亡くなっており、使用人の乳母のばあやが主に育ての親である。
最初からいないも同然の母親の存在は、浩一の逢引に対する否定的な感情を育てることはなかった。
 少年は「そうか」と少し笑んだ。

「あなたのお名前は?」
「一樹」

「一樹さんはどうして外にいるの?」
「そ、それは、その……」
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