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銀木犀の香る寝屋であなたと
第2章 家族
「ねえ、兄さま」
「ん?」

 一樹が試験勉強をしている文机の隣で、珠子は縁側に足を伸ばしブラブラ暇そうにする。
「あのね。結婚すると、珠子も文弘さんと愛し合うのよね。お父さまとお母さまのように」

 珠子が何を言いたいのか意図をくみ取れずに一樹は「まあ……」とあいまいに返事をする。

「一度しか写真で見たことがない方と愛し合えるものなのかしら?」
「う、んん……。どうだろうね。でも友人たちの多くはそういうものみたいだ」

「確かにそうね。珠子のお友達も皆、同じ……」
「優しい方だと聞いているよ」

「そうね。お顔も優しそうだわ」
「きっと珠子なら大事にしてもらえるよ」

 嫁入り前には色々心配事があるのだろうと、一樹はため息をつく珠子を労わるように見つめる。

 数秒考え込み、また珠子は話し始める。

「あのね。お友達がね。夜の営みが最初とても大変だというのよ」
「えっ……」

 一樹は思わず絶句してしまった。慎み深い子女たちの間でまさか夫婦生活の話がなされているとは思わなかった。

「殿方は平気ですって。でもね、奥方はそれはそれは辛いらしいわ」
「……」

 困った表情する珠子を見ながら一樹も困った。
一樹が通う学校もそれなりに格式が高く品性の高い子息も多かったが、男であるが故だろうが放蕩息子も多く入学しており、娼館で遊んだ話やら、どこそこの令嬢のところへ忍んでいったなどの話はよく耳にする。

 一樹自身、興味がないと言えば嘘になるが、貧しかった自分が浩一のおかげで勉学に励むことが出来ることを常に感謝し、遊ぶことなど恐れ多かった。また、話を聞き知識を得るだけで案外納得し、実行に移そうと思うほど劣情は沸かなかった。

「なんだか。怖いの」

 泣きそうな顔をする珠子を見て、一樹は放っておくことが出来ず助言する。

「もしも。辛くなったときは今まで一番楽しかったことを思い出すんだ。そうすればきっとすぐ辛いことは終わるし、いつか慣れると思う」
「楽しかったこと……」

 表情が少し柔らぎ珠子は安心感を得たようだ。

「そうね。そうするわ。ありがとう、お兄さま」

 明るくなった様子で立ち上がり「もう少し片づけをするわ」と、珠子は足取り軽く部屋を出て行く。
一樹は彼女の単純さとあどけない様子を可愛らしいと思いつつも、初夜への不安が軽いものであるようにと祈った。
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