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銀木犀の香る寝屋であなたと
第4章 少女時代の終焉
 あたりを見まわしたが何もない。警戒しながらそっと小屋の方へ向かうとまた「あうぅっ」とはっきり女の声が聞こえた。小屋の中からだった。

 珠子は壁の隙間からそうっと覗き込み目を凝らす。(お母さまとお父さま……)

 浩一と葉子が交わっているのだ。

二人は対面座位で向かい合い、身体を密着させ、口づけを貪っている。珠子はゴクリとつばを飲み込み見入ってしまう。

 朽ちた古い廃屋で、硬い床の上で抱き合う両親を見つめるとこれが『アイシアッテイル』ことなのだと思った。
 自分と夫の文弘との行為がまるで両親と違うものに思える。なんだか泣きたくなったとき、そよ風が甘い香りを運んできた。(銀木犀の香り……)

 珠子はそっと足音を立てないように小屋から離れ、銀木犀の咲いている方へ向かって歩き出した。白い小さな花々が見え始め、葉子の声は届かなくなった。

 樹の下に腰を下ろし珠子はため息をつき甘い香りに癒されていると、ガサッと茂みが鳴った。(何か動物かしら?)
見上げると一樹が立っていた。

「珠子。こんなところで何をしてるんだ」
「お兄さまこそ……」

「僕は銀木犀の香りが好きでね。嗅ぎに来てるんだ。花は数日しか咲かないから」
「そうね。とてもいい香りなのにあっという間に無くなってしまうわね」

 珠子にはまるで自分の少女期が花の咲く期間のように投影された。

「あちらでは不自由してないのか?」
「ええ。文弘さんは優しいわ」

 愛されていないと口に出しそうになったのを堪えた。

「なら、いいんだ」
「兄さまは結婚しないの?お好きな人は?」
「僕にはそんな人いないよ」
「そう」

 一樹の返答に寂しいような嬉しいような複雑な気持ちが沸いたが、すぐに打ち消すように「兄さまにいい人が現れるといいわね」と続けた。ふっと微笑む一樹は少年の時と同じで優しい木陰のようだ。
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