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銀木犀の香る寝屋であなたと
第7章 別離
 店の中はアルコールとたばこの煙と、男の体臭で不快な密度を保っている。珠子は人ごみをよけつつ客席にウィスキーを運ぶ。

「ハイ。ケイカ」
「はい。ロバート」

 珠子は店で桂花と名乗っている。
ロバートは軍人で、そこそこの階級があるらしくほかにたむろしているアメリカ人たちは彼に丁寧な態度をとっていた。

 今夜もロバートは珠子を口説く。

「そろそろイイんじゃないのか?ぼくのオンリーになっても」
「……」

 長身で見上げるような彼は、身体を折り曲げ珠子の顔と同じ位置になり、人懐っこい茶色の瞳を向ける。
軍人という割には明るく優しく気さくだ。

 ホールの中では珠子の様な夫や恋人を失くし、身寄りのない若い女が派手な化粧と衣装で外国人たちにしなだれかかり、甘い言葉をささやき合っている。

 ここは以前の洋食屋とは違う。
それは何となくわかっていたが、酒場と言うよりも売春宿だった。
オーナーの近藤茂夫は酒が売れればそれでよいらしく、傷害沙汰さえ起きなければ何がどうなっていても見て見ぬふりだ。
 店の二階にはわざわざ貸し部屋が何室かある。珠子はまだ身体を許したことはなかった。男たちにチラチラ値踏みされ、誘われるがロバートのおかげで何とかなっている。
それももう限界かもしれない。

「ケイカ。そろそろ君を守るのもゲンカイだよ。みんな君がフリーなのわかってるから狙ってるんだ」

「……。いいわ。あなたのオンリーになるわ……」

 このカフェの給金だけでは何とか飢えをしのぐだけだった。他の女給たちも珠子に外国人の情婦になることを勧めてくる。恩恵が大きいのだ。
 珠子は吉弘に腹いっぱい食べさせてやり、本を買って学生服をこしらえてやりたかった。顔の傷のせいで俯いてばかりのキヨにも、清潔な新しい着物を与えてやりたい。(今までと同じことだわ……)

 文弘と三郎との関わりとロバートとの関わりが同じものだと自分に言い聞かせ、ロバートの白い大きな手を取った。

「上にいこう。マスター、二階つかうよ」
「どうぞ」

 近藤茂夫はロバートから紙幣を受け取り、にっこりと愛想笑いをして鍵を渡す。珠子は押し黙ってロバートについて二階に上がり、狭いベッドだけがある部屋に入った。
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