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縣男爵の憂鬱 〜 暁の星と月 番外編〜
第1章 縣男爵の憂鬱
梅雨も明けようかという7月のある日、縣礼也は朝からそわそわと落ち着かなかった。

明るい陽光が差し込む朝食室で、妻の光と向かい合わせで食事を摂りながらも会話は半ば上の空であった。

「…ねえ、礼也さん。それでね、8月に梨央さんの軽井沢の別荘にお呼ばれしたのだけれど、伺ってもいいかしら?臨月は9月だし…構わないわよね?」

…妻の軽快なお喋りをよそに、礼也は薄いトーストにマーマレードを塗りたくりながらある問題について頭を悩ませていたのだ。
「…礼也さん、礼也さんてば!」

…一体どんな奴が…いや、どんな人物が現れるのだ…。
そして…私は、どんな顔をしたら良いのだ。
「礼也さんてば!」

光の険のある声で我に帰る。
慌てて取り繕い笑みを浮かべる。
「ああ、すまないね。つい考えごとをしていて…。梨央さんの軽井沢の別荘かい?…構わないが、侍女とナースは必ず同行させるように。…何かあったら大変だからね」
光は形の良い柳眉を跳ね上げる。
「…礼也さん…。何かを隠していらっしゃるわね…?」
礼也は咳払いしながら、珈琲カップの中味を意味もなく銀の匙で掻き回した。
「…べ、別に…なにも…」
光は唇の端を歪めると、美しい手を上げて執事の生田に伝える。
「生田、暫く人払いをお願い。…私は旦那様と大切なお話があるの」
礼也はぎょっとしたように端正な貌をやや強張らせる。
生田は眉ひとつ動かさずに、丁寧に胸に手を当て
「かしこまりました。奥様」
と返事をすると、指先のサインひとつで下僕達を去らせ、自分も朝食室を後にした。

しんと静まり返った朝食室で、光はテーブルの上に美しい白い両手を優雅に組み合わせ、にっこりと微笑むと尋ねた。
「さあ、礼也さん。最初から私に包み隠さずにお話になって?…今日、一体何があるのかしら?」

礼也は美しき妻に追い詰められ、天を仰ぐと
「…やれやれ…。…君には敵わないな…」
と、渋々口を開いたのだった。
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