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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第1章 夏の華
「…春さん、もうお嬢様方は朝食室にお向かいになられていますが、朝食の準備は大丈夫ですか?」
月城はしなやかな動きで階下のキッチンを覗く。

料理長の春が血色のよい顔でにこにこしながら、クリスタルガラスのスープカップにスープを注いでいたところだった。
「ああ、準備万端さ。今朝はアスパラガスの冷製スープが上手くできたからね。お嬢様方にも気に入っていただけたら嬉しいねえ」
月城は穏やかに微笑む。
「お伝えいたします」
春は、月城が18でこの北白川家に執事見習いで雇われた時から変わらずに、料理長として采配を振るっている。
髪には少し白いものが混じり始めたが、威勢の良い声と明るい性格は相変わらずだ。

入ったばかりの下僕の給仕が気に掛かり、盆の持ち方を指導していると、春が月城の背中をつっつく。
「月城さん、あんた…いい人が出来た?」
「え?」
月城は眼を見張る。
「いやね、あんたが最近やけに楽しそうで幸せそうで…しかもまた男ぶりが上がったって、メイド達が色めき立っててさ。あたしにさりげなく聞いてくれってせっつかれたんだよ」
春は人の良さげな貌でにこにこしながらも好奇心を露わにする。
月城は、静かに微笑む。
「…ご想像にお任せいたします」
「なんだい!つれないねえ。東京のおっかさんのあたしにも秘密なのかい?」
拗ねる春をいなしながら、新人下僕を引率する。
「さあ、お嬢様方はもう朝食室に入られた。まずは焼き立てのクロワッサンから運んでくれ」
「は、はい!」
新人下僕は月城の美貌を眩しげに見上げる。
「…落ち着いて。お嬢様方の前では慌ててはならない。分からないことがあったら直ぐに聞いてくれ」
「はい!」
階上へと繋がる階段を慌てず騒がず、しかし料理が冷めないように全ての皿を運び切るのは集中力がいる。
新人は緊張と焦りで料理を零したり、皿を落としたりすることも多いので、注意が必要だ。

月城は下僕らと共に朝食室に向かう。
一通りの給仕が滞りなく行われ、少しほっとする。
綾香と梨央は和やかに会話をしながら朝食を始めた。

…一息つくと、思いを馳せるのはやはり暁のことだ。
今朝は月城は夜が明ける前に家を出たので、暁の寝顔しか見ることができなかった。
白い羽枕に貌を埋めるように眠る暁は信じられないほどに清らかで美しかった。
月城はそっと唇にキスを落とし、名残惜しげに家を後にしたのだ。


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