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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第14章 Coda 〜last waltz〜
「旦那様、大紋様ご夫妻がお着きになられました」
泉の声に、礼也は我に返った。
先程から穴が開くほどに見つめていた絵葉書を大切そうにジャケットの内ポケットに仕舞う。

「今、行く。…光さんは?」
「奥様はもうお出迎えになられています」
礼也は頷き、書斎の椅子から立ち上がる。

泉と目が合うと、口元に笑みを浮かべながら、一度仕舞った絵葉書を取り出し、差し出した。
「…今はニースにいるらしい」
泉が目を見張り、大切そうに絵葉書を見つめた。
「ニース…ですか…」
南仏の避暑地…と言うことしか泉は知らない。

…絵葉書には抜けるような青空に紺碧の海、白壁にテラコッタの屋根が続く美しい街並みが描かれていた。
…裏を返して見たが、差出人の名前や住所は書かれてはいない。
もちろん文章もなしだ。
縣家の住所と名前…書かれた美しい筆跡が懐かしいあのひとの文字だと物語るだけだ。

泉の気持ちを推し量ったかのように、礼也は静かに告げた。
「…海外からの手紙は益々検閲が厳しくなったからな。
二人は日本ではいわゆるお尋ね者だ。
私たちに迷惑が掛からぬようにとの配慮だろう」

そう言って泉から絵葉書を受け取り、大切そうに再び胸ポケットに仕舞った礼也は、嬉しさと寂しさとが入り混じったような複雑な表情をしていた。
気遣わしげな泉の視線に気づいたのか、礼也は明るい表情に切り替え、歩き出した。
「もう行くよ。…客人を待たせてはならない。
今夜は聖夜だ。皆で賑やかに祝わなくてはな」
「はい。旦那様」

礼也は先に書斎を出た。
泉は礼也の机の上のブランデーグラスを片そうとして、そこに飾られている写真立てに眼を遣る。

…パリでの兄と暁の写真だ…。
夏に渡仏して直ぐに撮られたらしいそれは、奇跡的に検閲を免れ、風間忍により密かに縣家に送られた。
日本を発ってからのちの二人の写真は、この一枚きりだ。

…風間家の客間で撮られたらしいその写真の二人は洗練されたスーツに身を包み、仲良さげに寄り添い…大層幸せそうに見えた。
そして彼らは眩いほどに美しかった。


…二人が日本を発ち、約半年が過ぎていた…。
今年は、暁も月城もいない初めてのクリスマスだ…。
皆が心に穴が空いたような虚しさを感じながら、平静を装い過ごしていた。

泉は写真立てを丁寧に置き直しながら、背筋を伸ばすと、ランプの灯りを消し、書斎を後にした。

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