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終止符.
第16章 愛しい人
「それとね…、篠崎社長の奥様が、初めて公の場に姿を現したわよ。」


奈緒の記憶が痛みとなって胸の奥に蘇った。


「まぁ、あの奥様から憧れの篠崎氏を奪うのは、いくら奈緒でも無理だったわね、今さらだけど。あはは…。」


「ふふっ…奪えるわけないわ。」


「奥様は、とっても愛されてる…だって、篠崎社長の目が凄く優しいんだもの…」



──『……妻である私が一生見られないという事が、残念でならないのです。』



忘れる事が出来ない台詞が奈緒の胸を刺した。


「そう…素敵ね。」

「目が不自由なんだと思う…、でもね、とっても素敵な人──…あ…」

「どうしたの?」

「純、奥様とも何か話してたな…いったいどうなってるのかしら?」

「………」

「まあいいや、いつか聞いてみようっと。」



よかった…

愛子さんと親しくしているのなら、純は一人じゃない。



「奈緒…」


沙耶がテーブルに両手を着いて身を乗り出した。

「えっ?」

「純に会ってみたら?」

「忙しくて…」

「彼、もう大人だよ。」

「………」

「奈緒の事を口にする事は極端に減ったけど、大人になったからだよ、内に秘めてる…。この沙耶様にはわかるっ。」

「ふふっ、やだ、やめてよ。」


奈緒は泣きたい気持ちを押さえてやっと笑った。


「私は純の味方だからね。」


沙耶が言った。


「何よそれ。」

「奈緒は逃げてる。」

「………」

「奈緒は頑固者。」

「ちょっと…」


相変わらずの沙耶の鋭さに背中に汗が滲む。


「まあ、頑固さでいけば純も負けてないけどね、あはは…」

「私は別に…」


奈緒が俯いた。


「はいはい、女も年を取ると可愛げがなくなるのよね~、危なげのないパズルの君でも追いかけてなさい。」


沙耶は背もたれにドッカと背中を預けて壁の時計を見上げた。


「あ、こんな時間だわ。森下さんが駅に着いちゃう……奈緒、結婚式参加しなさいよ、もちろん純も呼ぶわよ…命令よ、分かったわね。」


沙耶はまるで、自分の結婚よりも奈緒達の方が大事だと言いたげに息巻いて、部屋を出て行った。


「……寒い。」


外の寒気が部屋に入り込んで足元を冷やす。

二つのカップを洗いながら、「逃げてる」と言った沙耶の言葉が頭の中でぐるぐると回り続けた。

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