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梅の湯物語
第9章 梅の湯のお梅さんになったわけ
「大丈夫。戦争が終わったら帰ってくるさ。
 そしてまた風呂屋をやるからさ。
 ほんの少しのお別れだよ」

ご主人は優しく笑ってお梅の肩を叩いた

「うん」

そして少し改まると

「それでね、もし奉公人の方が先に帰ってきて風呂屋をやりたいって言ったら
 その鍵を渡してやってほしいんだ。
 頼まれてくれるかい?」

お梅は少し顔を強張らせたがすぐに

「はい」

ご主人に向かって笑顔で答えた。

「ありがとうよ。
 すぐに会えるから。
 戦争が終わったらまたもとの梅之木町に戻るさ」

お梅は一瞬言葉を詰まらせたがすぐに

「そうね」

と微笑んだ。

「また賑やかな町になるよ。
 子供たちの笑い声が響いて
 下宿の学生たちも大勢戻ってくる。
 すぐに元通りさ」

ご主人は遠い目をして言った。

「楽しみね」

お梅がそう返事すると

「そうだな。
 それまで元気でな」

ご主人はお梅を優しく見つめた。

「おじさんも」

お梅も見つめ返した。
二人とも頬に笑顔はのせているが、笑ってはいない。

長引く戦争はいつ終わるのか想像もつかない。

戦争の犠牲者は増えていく一方。
梅の湯に一人息子の戦死の知らせが来たのは先週のことだった。


お梅は預かった鍵を大事に懐にしまって
見送るご主人に手を振って別れた。



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