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行こうぜ、相棒
第10章 This is the time
エリは、前を見たまま、そう、告げた。
先生は何も言わず、ただ、静かに隣を歩いていてくれた。エリと同じペースで。エリと同じ、呼吸のリズムで。
「両親と避暑地の別荘に行った時のことでした。妹と私は家の近くの森を散歩していました。そこで見知らぬ男に捕らえられ、ひと晩、その男の地下室に閉じ込められました。
男は、『もう逃げられないよ』と言ったのです。『もうどこへも逃げられないよ』、と。その言葉を告げてから脚を縛って部屋に閉じ込め、何時間も置き去りにされました。
その後に行われたおぞましい出来事よりも、その言葉がずっと、心に残りました」
誰にも話したことのない物語だった。
リエとも、このことのディテールは言葉にし合ったことがない。
「私たちは、同じシャツを着て、同じスカートをはいていました。靴だけが色違いのものでした。男は私たちを区別できませんでした。いや、区別できないのではなく、区別しなかったのです。同じ小さな肉の塊、としか考えていなかったのだと今ならわかります。
身体に跡の残るような乱暴はせず、洋服さえもきちんと折りたたんでテーブルの上に置かれていたのを覚えています」
時より打ち寄せる波が不意に長く砂浜をかけあがり、歩くふたりの足もとまで迫る。
先生はそっとエリの肩を抱き、すこしだけ、その歩みの軌道をずらした。
エリはそんな先生の気遣いにも気づかずに、ただ、歩き続け、話し続けた。
いま話さねば、もう一生、誰にも話せないと思っていた。