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花菱落つ
第7章 廃嫡
「凪、そなたに頼みがある」
「はい。どのようなことにございましょう」
凪は義信正室の前に膝をついた。庭に面した襖は開け放たれ、心地よい秋風が凪の髪を揺らしていた。
「しばしの間でよい。着物を取り替えてはくれまいか。義信様に一目だけでも会うて話がしたいのじゃ」
義信は蟄居中の身。勝手に出歩くことは許されず、正室が訪うことも禁じられていた。信玄との繋ぎを務める凪ならば、誰にも見咎められず義信と会うことが可能だった。義信は間もなく東光寺へと身柄を移される。その前に一度だけでも会いたいと思うのは、決しておかしなことではなかった。
「承知いたしました」
凪は床几の陰で髪をほどき、白衣と緋袴を脱いで正室に手渡した。正室は侍女の手を借り、巫女の姿になった。少年の凪は比較的背が高く、袴の丈が合うか不安もあったが正室は凪の思っていた以上に長身で、丈には何の問題もなかった。正室の小袖と打ち掛けを身に纏った凪を見て、正室はくすりと笑った。
「よう似合うではないか。立派な奥方姿じゃの」
「あの、お気をつけて」
義信の部屋の前には必ず信玄の家臣がいる。別人であると見破られ、見咎められる可能性も、皆無ではない。
「感謝する」
刹那、強い風が二人の間を吹き抜けた。凪は思わず目を閉じ、顔を背けた。背に下ろされたまっすぐな髪が生き物のように風に舞う。髪が風はすぐにおさまり、凪は再び目を開けた。
「ではの。それほど長居はせぬ。それまでゆるりと寛ぐがよい」
正室は一人で義信の居室へと歩き出した。侍女が不安そうに見送るが、一介の巫女が、供を連れることはありえない。正室が無事に戻るまで、凪も寛ぐことなどできそうになかった。
「はい。どのようなことにございましょう」
凪は義信正室の前に膝をついた。庭に面した襖は開け放たれ、心地よい秋風が凪の髪を揺らしていた。
「しばしの間でよい。着物を取り替えてはくれまいか。義信様に一目だけでも会うて話がしたいのじゃ」
義信は蟄居中の身。勝手に出歩くことは許されず、正室が訪うことも禁じられていた。信玄との繋ぎを務める凪ならば、誰にも見咎められず義信と会うことが可能だった。義信は間もなく東光寺へと身柄を移される。その前に一度だけでも会いたいと思うのは、決しておかしなことではなかった。
「承知いたしました」
凪は床几の陰で髪をほどき、白衣と緋袴を脱いで正室に手渡した。正室は侍女の手を借り、巫女の姿になった。少年の凪は比較的背が高く、袴の丈が合うか不安もあったが正室は凪の思っていた以上に長身で、丈には何の問題もなかった。正室の小袖と打ち掛けを身に纏った凪を見て、正室はくすりと笑った。
「よう似合うではないか。立派な奥方姿じゃの」
「あの、お気をつけて」
義信の部屋の前には必ず信玄の家臣がいる。別人であると見破られ、見咎められる可能性も、皆無ではない。
「感謝する」
刹那、強い風が二人の間を吹き抜けた。凪は思わず目を閉じ、顔を背けた。背に下ろされたまっすぐな髪が生き物のように風に舞う。髪が風はすぐにおさまり、凪は再び目を開けた。
「ではの。それほど長居はせぬ。それまでゆるりと寛ぐがよい」
正室は一人で義信の居室へと歩き出した。侍女が不安そうに見送るが、一介の巫女が、供を連れることはありえない。正室が無事に戻るまで、凪も寛ぐことなどできそうになかった。