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花菱落つ
第2章 真田源五郎
 ようやく寒さの緩んだ信濃路は桜が咲き乱れ、春爛漫といった風情だった。だが源五郎は桜に目もくれず、山道を早足で歩いてゆく。そして修練を積んだ「ののう」らしく、凪も健脚だった。女だからと心配りをせずとも、源五郎の歩く速さに難なくついてくる。

「俺は真田源五郎。今はお館様の奥近習として仕えている。年は十七になった。凪と申したな。お前は幾つだ?」
「十二です」
「では俺と五つ違いか。その年頃の女にしては随分と背が高いな」
「父が長身でしたので」
「父御は息災か」
「三年前に亡くなりました」
「……すまない」
「いえ」

 「ののう」は身寄りを亡くした少女たちを集めて巫女とくの一の修練をさせていると、真田の里で聞いていた。それなのに完全に失念してうっかり凪を傷つけてしまったかもしれない。凪の表情は名前の通り凪いでいて、内心を全く窺わせなかった。

「『ののう』とはどのような修練を積むのだ?」
「それは……」

 凪は言い淀んだ。部外者である源五郎に話してよいものか、迷っているように見える。源五郎は言葉を重ねた。

「天地神明に誓って決して他言はしない。ただ『ののう』の修練に興味があるだけだ」
「承知いたしました」

 凪の少し低めの声は耳に心地よく響いた。十二にしては物腰も落ち着いている。「ののう」という者はみなこのように落ち着いているものなのだろうか。

 「ののう」の修練は多岐に渡っていた。祝詞(のりと)はもちろんのこと、巫女としての呪術、口寄せ、神楽舞に奏楽。加えてくの一としての忍術、護身術、文字の読み書き、そして房中術まで教え込まれていた。

「ぼ、房中……」
「はい。我ら『ののう』の務めには欠かせぬことにございます」

 源五郎は凪のような若く美しい少女の口から出た赤裸々な言葉に思わず赤面した。必要な手段なのだということは理解しているが、凪が見知らぬ男と同衾している場面を思い浮かべ、源五郎は妙な汗をかいていた。
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