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貴方だけに溺れたい
第9章 喜びと切なさと、後ろめたさ
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後ろ姿は女性のように見えた。
透明のビニール傘を風に煽られないように短く持ち、身を屈めるようにして歩いている。
暗い色のシャツの下は年配の人が履くような裾詰まりのズボン。
右足が不自由なのだろう。右手で杖を突き、その歩調は一瞬止まっているのかと思うほどゆっくりとしていた。
見覚えは、ある。
顔をはっきりと見た事は無いし、その姿も遠目で数回見掛けた程度ではあるが、右足を引きずるような歩き方や雰囲気で竹村の妻である事は分かった。
何をしてるの……?
家路に向かっている事は分かってはいたが、こんな雨の中を歩く姿に一種の異様性を感じたのは当然だった。
しかし反面では、このまま素通りしてはいけないような、そわそわとした気持ちが沸き上がる。
普通、常識的に考えれば、知り合いなら躊躇せずに車を停めて声を掛けるだろう。
こんな日なら尚更だ。
けれど"知り合い"とは言い難い関係だとも思う。
少なくとも自分は知っているが、彼女は知らないかもしれないし、いきなり声を掛けたら怖がらせてしまうかもしれない。
ましてや、あのクソジジイの奥さんだ。
とても幸せそうには見えないし、トラウマもあるかもしれない。
何よりも"今のこの状況"を考えれば、あまり良好な関係を築いているとも思えない。
でも、だからといって……。
「……バカじゃないの!?」
徐々に近付きつつある後ろ姿を伺いながら、葵は自分が余計な事を考えていた事に気付いた。
何を躊躇してるんだろう。
気になるなら行動すればいいじゃない?
不審がられたくないなら自己紹介すればいいじゃない!
怖じ気づく理由なんて無い。
先ず彼女に対して怖がる必要も無いとは思う。
身長は自分の方が高いし、万が一襲い掛かられても振り切る自信はある……なんて先日の森川のような事を思ってたりもするが、そこは割りと重要だ。
それに、以前の自分なら、躊躇なんてしないだろう。
記憶にあるかぎり、今のような状況に遭遇した覚えも無いんだけども……。
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