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貴方だけに溺れたい
第9章  喜びと切なさと、後ろめたさ

森川の発言の意味が分からずに見上げると、彼は「なので」と苦笑を浮かべ、葵の頭から手を離した。

「君はそのままで大丈夫。ただ俺自身は追及される予感がする。何かと……好奇心旺盛な人達なんで、言葉通り"綺麗な子"を連れてたら、やっぱり"友達"で押し通すのはキツイかもしれない」
「ああ……」

そう説明されれば理解は出来るし、納得も出来る。
ただ淡々と"綺麗な子"とか言われてしまうと、どう反応していいのか分からなくなる。

しかし森川自身、嬉しいのか恥ずかしいのか分からないような葵の反応を愉しんでいるようでもあるが、次の一言を告げる事に対しては、彼なりの葛藤があったのだろう。

「だからここは一つ、不本意かもしれないが……はっきりと付き合ってるって事にして……貰えますでしょうか」

森川らしくも無い、歯切れの悪い口調だった。
しかもその表情からは笑みも消え、彼の本心を察するのは難しい。

ただ葵自身、ほんの一時の間でも、森川の恋人のような存在になりたいと思ったのは事実であり、少なくとも現在進行形で"そう見える"ようにしているつもりだ。

ここで戸惑っていたら、森川に対して負担になってしまうだろう。
自分はどうあれ、彼は仕事で来ているのだし、余計なお荷物にはなりたくない。

「分かりました。光栄です」

ただ『全然、不本意なんかじゃありません』という意味で加えた"光栄です"は、大袈裟に聞こえただろうか?

森川は淡々と答えた葵の言葉に戸惑うような苦笑を浮かべたが、何かを振り切るように強く息を吐いてから頷いた。

「じゃ……よろしくお願いします」
「はい。あ、でも、どうすればいいんでしょうか……?」
「……そうだね……普通にしてればいいんじゃないかな?」
「……ですよね」
「ああ、でも……欲しい物があれば、遠慮なく俺に買わせて」
「あ、そういうのは、私はちょっと……」
「知ってる。でもそう答えてたぞ?事務所で」
「あれは……そう答えるしか無かったからです」
「間接的にでも甘えてくれると、それらしく見えると思うんだけど」
「……善処します」

ただそれから暫くの会話には、妙な不自然さが付きまとっているような感じだった……。



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