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貴方だけに溺れたい
第9章 喜びと切なさと、後ろめたさ
佳代子は外見でけで推測すれば60代後半から70代。
服装は堤と同じようなグリーンの割烹着姿だが、年齢を感じさせないぴんと伸びた背筋や優雅な物腰のせいか、穏やかでありながらも鋭い勘の持ち主のように見える。
ただしかし、それも自分の中にある"自意識"のせいである事は分かっているつもりだ。
「じゃあ、俺は温室行ったらまた戻りますので」
「わかったわ。じゃ、お嬢さん、気に入ったのがあったら、この人に全部買って貰ってね」
「えっ?……ああ、はい」
「一言言っておくけど、彼女は厳しいよ?」
「?」
「そんな気がしてた。上から下まですごく素敵だもの。その服、凄く似合ってるわね」
「あ、いや、そんな……ありがとうございます」
一通りの話が終わり、佳代子と堤に挨拶をしてからその場を離れると、葵は無意識に息を吐いていた。
束の間の解放感ではあるけれど、ちゃんとやれただろうか?という不安は無きにしも非ず。
「緊張してるよね」
「……そう見えてました?」
事務所から工房までの距離は、ほんの数メートルだったが、佳代子が扉を閉めたのを見計らい、森川が立ち止まってくれたのは有り難かった。
もしもこのまま工房に向かっていたら、間違い無く森川を鬼だと思っていただろう。
「それでも良いと思うけど?」
「でも私、話の内容、全然分かってませんでした。挙動不審に見えてなければ良いんだけど」
ただ森川自身は、困惑する葵を見て愉しんでいるようにも見える。
眉間を寄せた葵を見つめながら「初対面なんだから」と短く笑うと、ごく自然な調子で彼女の頭を撫でた。
その仕草にドキリとしたが、大きな手で軽くポンポンとされる感覚は不思議と気持ちが良かった。
「ただ俺はこの後、君が思う以上に恐ろしいめに遇うだろうな」
「ん?」
「確実に"友達"だとは思われて無いよ。なんとなくだけど、獲物を見付けたような顔だった」
「……」
誰がですか?