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籠鳥 ~溺愛~
第29章
(さ、寒い……)
大学の図書館から一歩外に出た美冬はあまりの寒さに首をすくめ、ぐるぐる巻きにしたマフラーの中に顔半分を埋める。
白いコートに白いモヘアのマフラーをした美冬はまるで妖精のように愛らしく、周りの男子学生がちらちらと盗み見しているのに、本人は全く気付いてなかった。
まだ12月だというのに、珍しく雪がチラついている。
予報では曇りだったので傘を持たない美冬は、速足でキャンパスの中を急いだ。
途中知り合いに出合い「首なくなってるよ」とからかわれながら、校門へと向かう。
(今日の家庭教師は加奈ちゃんか。ちゃんと宿題やってるかな?)
いつも賑やかで楽しいことが大好きな加奈とは、気が付くと勉強そっちのけで談笑してしまう。
といってもとても頑張り屋の加奈は合格圏内の成績で、美冬もそんなに心配はしていなかった。
大学生になってから持ち始めた携帯電話で時間を確認し、視線を上げる。
目の前に校門が迫っていた。
とたんに美冬の表情が曇る。
「………」
校門を通り抜けた所で立ち止まると、ふうと無意識に止めていた息を吐き出す。
(……もう、条件反射行動だな……パブロフの犬? お猿の車掌?)
美冬は一人で苦笑し、地下鉄の駅に向かって歩き出した。その時、
「美冬」
どこからか自分の名前を呼ぶ、懐かしい声が聞こえた気がした。
じゃりという小石を削る音を立て、美冬のブーツに包まれた足が止まる。
歩道の真ん中に止まった美冬を避けて、歩行者が通り過ぎていく。
歩き出さなければと思うのに、凍りついたように足が動かない。
耳を澄ましても、聞こえるのは車が行きかう雑踏の音。
「………」
(ああ、ついに幻聴まで聞こえるようになってしまったのだろうか――)
なんだか自分が情けなくなり、美冬は空しく一歩を踏み出そうとする。
しかし今度ははっきりと「美冬」と呼びかけてくる声が美冬の鼓膜を揺らした。
後ろから聞こえる、コツコツという規則正しい靴の音。
全ての騒音が掻き消され、靴音だけが耳に木魂する。
体が瘧に罹ったように震え始める。
握っていた携帯電話が力の入らなくなった掌から滑り落ちた。