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アムネシアは蜜愛に花開く
第3章 Ⅱ 誘惑は根性の先に待ち受ける
巽は立ち上がり、身支度をした。
そして背広を拾い、それを身につけると、一気に専務の姿になる。
「悩み相談は続ける」
「いらないです」
「まだ不十分だ。俺には命令権がある。色々とな」
押し黙らざるを得ないわたしの前で、巽は嘲るように口元を吊り上げて笑う。
凍てついた眼差しのままで。
「明日、朝一で専務室に来い。せっかくお前のペースに合わせてやろうと思っていたのに、却下だ。……恨むなら、自分を恨め」
冷ややかな眼差しを向けて、巽は部屋から出て行く。
バタンと、ドアが閉まる音が、無情に心に響く。
わたしの中で燃え尽きて爆ぜることが出来なかった火種が、燻っている。
まだ身体には巽の熱と匂いが残っているというのに、彼のいない部屋の中は、見果てぬ砂漠の中にいるかのように、途方が暮れた心地だ。
自分を恨めと告げた巽は、もうきっとわたしのことをあんなには優しく愛してはくれないだろう。
巽を怒らせたのはわたしだ。
「ごめん。ごめんね、巽。ごめんね……」
わたしは涙をぽろぽろ零しながら、巽の名前を呼んで謝罪した。
「なにに、ごめんだよ」
ドアの外で頭を項垂れて蹲る巽が、痛ましい顔で聞いているのを知らずに。