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アゲマン!
第1章 始まった謎
本来ならば、その女は涙を流し、他人の言葉などは耳に入らないという状況のはずだろう…。
それでも彼女は気丈な顔をしっかりと上げ、涙一つ見せる事もなく初老の男から受ける説明を熱心に聞いている。
「これが、君のお母さんから預かっていたものだ。」
初老の男は黒の礼服に黒のネクタイという喪に服した出で立ちで気丈な女の前にB4サイズの茶封筒を差し出した。
女の方もこれまた、黒のワンピースに手には水晶の数珠を握り締めているという出で立ち…。
それも、そのはずだ。
ここは小さな葬儀場であり、彼女は今、通夜の席に居るのだから…。
その通夜の執り行われている部屋の規模からして家族葬という規模だろう…。
その小さな部屋に居る来客らしい来客は彼女の他に彼女と似たような年齢の女性が1人居る程度だ。
祭壇に祀られた遺影は中年の女性のものであり、その表情は笑顔ではなくキリッとした顔を向けているという不思議な遺影…。
遺影の女性の面影を間違いなく、その気丈な女が受け継いでいると言わざるを得ない。
まだうら若いと言えるくらいの年齢の彼女はどこかあどけなさを残す気丈な女だ…。
そして、その彼女の母親の通夜であるというのに彼女は気丈なまま
「先生、わざわざありがとうございました。」
と初老の男に向かい丁寧に頭を下げた。
初老の男はそんな彼女に少し寂しげな顔をする。
「何かあれば、連絡をして来なさい。」
初老の男はそれだけを言うとこの通夜から立ち去った。
何かあれば?
何かあっても連絡をすべきかの判断すら難しいわ。
彼女は初老の男の背中を眺めながら、そんな事をぼんやりと考えた。
「ねぇ…、沙那(さな)。お腹は空かない?なんかコンビニで買って来ようか?」
初老の男が立ち去るのを待っていたかのように、気丈な女に向かって同じ年頃の女が話し掛ける。