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柊屋敷の嫁御様(くすくす姫後日談・その5)
第13章 柊屋敷の嫁御様
(スグリ…)
サクナは自室を見回しました。姫が来てからは姫の部屋で過ごす事が多かったので、自分の部屋に一人切りで居るのは、久し振りでした。
姫が居た先程までと特に変わりは無い筈なのに、部屋が急に広くなり、寒くなった様に感じられました。
(お前が心を決めたら、これから先は、ずっとこんな部屋で過ごすのか)
そう思って固く目を閉じましたが、姫の姿は瞼の内側に残像の様に残って消えません。
(酷ぇ罰が当たっちまったな。もし、最初から)
最初から姫の手を取らなければ、こんな思いはしなかったでしょう。けれど、この一件で姫がここから居なくなってしまうとしても、姫と出会わなかったら良かったとは、どうしても思えませんでした。
(たった一つ、墓場まで持って行けりゃあ満足な物、か…)
サクナは先代に幸せかと聞いた時に、言われた答を思い出しました。
結婚の許しが出る前に、姫さえ手の中に残れば良いと思った事が有りました。しかし、もし手の中に残らないとしても、姫はたった一つだけの、無くしたくない物でした。
(あんたが居たら、自棄酒に付き合って貰いたかったな)
先代とは、サクナがこの家に来た時から師弟でありましたが、跡継ぎに正式に決まった時からは、義理の親子でもありました。しかし、先代からは「親」に類する呼び方を使うことは、厳しく禁じられておりました。
生きている時には、一度もお父さんと読んだ事も無ければ、親父と呼んだ事も有りません。それが普通過ぎて、姫に「先代様はサクナのお義父様なのだから、私の義理のお父様よ」と言われるまで、その事に気が付かない程でした。
(…はは…こうやって目の前から消えたとしても、そこら中お前だらけかよ…)
サクナが何かを思う度に、必ず姫がひょこんと脳裏に現れます。先代の事の様に直接接点が無く思える時にも現れるのですから、始末に負えません。
姫が居なくなっても姫の面影と暮らさねばならないだろうと思う事は、サクナにとって、地獄の様に幸せな事でした。
(スグリ。どんな事になったとしても、俺はお前にここに居て欲しい。それが幻のお前でも)
姫の返事を待つ時間の焼かれる様な苦痛に苛まれながら、サクナは自分の埒もない考えを、狂気の沙汰だな、と嗤いました。
その時。
「お待たせして、ごめんなさい」
隣室との間の扉がかちゃりと開き、何かを手に持った姫が、戻って来ました。