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きっかけは映画館
第37章 同棲?同盟?
「ヒジオはヒジオでいいんだよね〜」
「ん…」
麻里絵ちゃんが『大丈夫』という言葉を信じて電車に乗せたが、
店から始まったこの呪文のようなフレーズが気に入ってしまったのか、うつらうつらして寄りかかったと思うとスクッと顔を上げてこう呟く。
しかも返事をしないと段々声が大きくなるものだから、肯定したくないものの適当に相槌をうたざるをえない。
ただ、肯定したことにより、刷り込みが深くなっていく効果については、この時想像も出来なかったのだ。
取り敢えず、大声で騒ぎ出す前に電車を降りて、早く家に帰らなきゃ…
もう、いや、まさか、麻里絵ちゃんの家に帰すことなど出来ないので、
そんなことを言い出さないように願いつつ、敢えて確認もせず、祈るようにして呪文にだけは相槌を打つ。
周りの視線が痛いような気もするが、いや、確実に突き刺さってくるが、
麻里絵ちゃんの頭を撫でて、唇に指を立てて、羞恥地獄の満員電車に揺られていくのである。
最後の10分、ようやくおとなしくなったと思ったら、わざわざ背広のボタンを外して、背広とシャツの間に手を潜らせ、しっかり腰の部分で手を組んで、ぴったり頬を着けて眠ってしまった麻里絵ちゃん。
背広で可愛い寝顔は隠したが、鳩尾の辺りに丸く2つ、麻里絵ちゃんのあのおっぱいが押し付けられて潰れている。
いや、潰れているだろうという感触がある。
そして、愚息はそれに触れたいのか、届け届けと背伸びを始める。
麻里絵ちゃんが電車の揺れに合わせて、崩れないように腰を押し付けスリスリしてくる。
馬鹿息子はぬか喜びしてデカくなる。
もう麻里絵ちゃんが退いたら、スーツにしっかりテントを張ってるのが、周りにバレてしまうだろう。
深呼吸して、中吊り広告に目をやって、懸命に違うことを考えた。
最寄り駅のアナウンスが入り、麻里絵ちゃんに声を掛けて横から腰を支えて歩かせる。
治まらない馬鹿息子は上着を脱いで反対の手に持つフリをして隠した。
「ヒジオ?」
「んん?」
「やっぱりヒジオだぁ〜」
もう、ヒジオでもいいから、家に帰ったら覚えてろよ…
酔い潰れて寝逃げされない算段をあれやこれやと考えながら帰宅した。