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きっかけは映画館
第8章 食事
「こちらになります。」
案内された席は堀炬燵のテーブル席で四人掛けのゆったりした部屋だった。
木の引き戸で閉められるタイプで上下に少し明り取りの隙間があるが、充分にプライベートな空間が確保されている。
テーブルや引き戸は落ち着いた黒だが、壁紙は階段と同じ海と魚、椅子は砂浜と貝殻だった。
「へえ〜、面白いお店ね。」
オシボリで手を拭きながら彼女はグルッと内装を見渡す。
しかし、手は、特に右手の指と股を重点的に拭いていた。
指を一本一本オシボリにくるんで念入りに…
「あ、あの…本当にすみませんでした。」
テーブルに額が着くほど身体を曲げて詫びる。
だが、彼女からの言葉がないので頭を上げることが出来なかった。
彼女はまだこれ見よがしに手を拭いているが何も言わない。
「申し訳ございませんでした。」
頭を下げたままもう一度詫びる。
「頭を上げて、」
言われるままにパッと顔を上げると、無表情な彼女がいた。
「お腹空いたからご飯を一緒に食べるだけで、それであなたを許すというわけではないもの。」
ガクッと項垂れたが彼女がメニューを開いてこっちに出してきた。
「えっ…」
「このメニューわからないわ、下調べしてるんでしょ?オススメでも頼んでよ。」
「あ、ああ。」
そう、ここのメニューは変わってる。魚の一人立ち、魚の涙、魚の暴れん坊…といったように、どんな調理なのかわからないし写真も載っていないのだ。
それと料理の隣に合うオススメのワインが赤と白と書かれている。
「まずはビールでいいか?」
「ワインの店なのにビールあるの?」
「あるよ、まずはビールと他のつまみ頼んで、魚は…切腹。」
「切腹?」
「ああ、刺身だよ。」
「ああ、だから切腹。」
ガラッ…
「お客様、飲み物いかがしますか?」
「ビール、大ジョッキと…」
「大ジョッキ2つで…」
「え、あと枝豆とポテサラと生ハムとチーズの盛り合わせ。」
「かしこまりました。」
肘男が大ジョッキを頼むので同じものにした。
飲みたいわけじゃなくて、大酒飲みと嫌われて興味を持たれないようにと…
「ビールお好きなんですね。大ジョッキなんて…
ワインじゃなくビールの店にすれば良かったかな。」
「あはは…」
「ところで、お名前を教えてくださいませんか。」