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きっかけは映画館
第9章 帰り道
「ほら、先に歩いて…」
「わかった。じゃあまた…」
「絶対じゃないから…」
「はい、了解しております。」
どうせ駅までは一緒だからと言うヒジオを遮って、先に歩かせる約束を取り付けた。
連絡先は交換したけどヒジオが言うようにブロックすれば連絡は取れない。
後はストーカーされないように注意すればいいだけ…
で、ヒジオを先に歩かせた。
駅まで一緒なのは仕方ないとして、ホームも同じ、チラチラ窺う感じはあるけれど、後ろにいる私の行き先を探ることは出来るわけがない。
ホームで列に並ぶヒジオを見て仕方なく声をかけた。
「ヒジオ、あんたどこに住んでるの?」
路線が一緒なら、先に私が降りて、最寄り駅がバレるのが嫌だったからだ。
ヒジオが素直に答えると、まさかの同じ駅…
とぼけて先の駅にいくのも面倒で素直に暴露した。
「私も同じ駅。」
「麻里絵ちゃんは北口?」
「いいえ南口。」
「俺、北口だから、先に歩くよ。で、南口から行けばいい。」
あんなことをしておいて、ヒジオは今更紳士気取りだ。
そう、終電近い満員電車でも、私が不快にならないように戸口のスペースを確保してくれて身をもってガードしてくれている。
しかし、会社も自宅も一緒の駅なんて…
まあ、酒臭いオジサンたちに囲まれずに済んでラッキーだったと思うことにしよう。
「はあ〜、今週はハードだった。」
「仕事忙しいの?」
「ああ、結構残業が日常化している。
だけど今週は特に…
今日の為に事前に残業して時間作ったから…」
酔いのせいもあるのか、ヒジオが素で答えた。
間違えなければ、合意の上で隣に座って、ラブシーンの多い恋愛映画で…
自分をアピールするなら、ああいう行動になるのだろう。
ネクタイを弛めたヒジオの首元を見ながら考えた。
怖かった、痴漢だと思ったのに、あれくらいの抵抗しかしなかったのだから、ヒジオがエスカレートしたのも仕方ないだろう。
ヒジオにしてみれば、今日の為に頑張ってきたのだ。
そう思うと、許してあげる気になった。