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第1章 抱かれる女
「俺…やっぱり今日は帰るよ…」

私たちはアトリエの前で時間を潰そうと外へ出た。

「ほんと…ごめんな」

涼は、静かに言った。

「それってさっきのこと?それともレストランへ一緒にいけないこと?」

私は意地悪だ。

「うん…両方」

涼はうつむいたまま、私と目を合わせようともしなかった。もともと2人でいても話をする方では無かったけれど、ぎこちない空気が流れていることはお互いに分かってた。


「そっか…わかった」


このどうしようもない雰囲気の打開策は、数秒では見つからなかった。

「誘ってくれて嬉しかった。じゃあな」

涼はその場で自転車に乗ると、一度も振り返りもせずに暗闇へと消えた。


…嬉しかった?それってさっきのこと?それともレストラン?


やっと明かりの点いたアトリエの正面玄関から、今度は堂々と私は入った。


「あら?家で待ってるんじゃなかったの?」


母はいつもの母だった。

「うん。今日は塾が休校になったの。水漏れだって」


小牧さんの姿が見えない。


「へぇ…そんなことがあるのねぇまだ梅雨に入ってないのに?」


母は、ボタンが取れたブラウスではなく、違う洋服を着ていた。


「ママ?朝その服着てたっけ?」


「え…ああ。これね。ブラウスのボタンが取れちゃったから、着替えたの」

アトリエは、古い一軒家を改築したもので、トイレや風呂もついている。作業は汚れることもあるので、母は着替えも用意してあった。

デスクの上のラップトップを片付けていると、濡れた頭で小牧さんがやってきた。

「好ちゃん。お帰り」

「こんばんは。シャワー浴びたの?」

母は、背中で静かにふたりの会話を聞いているに違いない。

「あ…ああ。ここんところずっと忙しかったから風呂に入ってなかったんだ」

「ふーん」

私はそれ以上何も聞かなかった。



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