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身代わりの夜
第14章 熱愛目出し帽
 いつまでも見入っていたかった。

 だが、ぐずぐずしてはいられない。
 啓太は残った気力をふりしぼって、ベッドから起き上がった。
 亜沙子が正気に戻らないうちに、部屋を出ていく必要があった。

 服を手にドアに向かいかけた時、後ろで小さな声がした。

「今日はありがとう」

 マスクを直して振り返る。

 亜沙子はベッドに横たわって眼を閉じていた。
 眉間の悩ましい皺が消え、穏やかな表情に戻っているものの、まだ置きあがれないみたいだ。
 もぞもぞと身体が動く。
 開いていた脚を重ねるのすら、精一杯の感じだった。

 ホテルの部屋に、かすれた女の声が静かに響いた。

「でも、これっきりにしましょう」

 長い睫毛がかすかに震え、閉じられていた瞼がゆっくりと上がった。
 切れ長の瞳が、まっすぐに啓太の方に向けられる。

「明日も仕事、頑張ろうね」

 にっこりと笑った。

 眩いばかりの笑顔から逃げるように、啓太は部屋を後にした。


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