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いつかの春に君と
第3章 永遠の花
…今城少尉は…。

濃い闇に包まれた庭を、鬼塚は隻眼で見つめる。
庭先には小さな桜の木が植わっている。
春浅い今の季節では、その薄紅色の花の片鱗すらも見えはしない。

…今城は鬼塚が硫黄島に出征した直後、不意に姿を消した。
彼は密かにアメリカに逃亡していたのだ。

…今城がアメリカの諜報部の工作員で、二重スパイだったと分かったのは日本の敗戦間近のことだった。
近衛師団の中尉となっていた郁未が極秘事項として手紙で知らせてくれたのだ。

今城は、ベルリン時代の恋人の手引きでスパイ活動をしていた。
日本の陸軍、海軍、航空部隊の秘密文書は全て今城により、アメリカの諜報部に流されていた。

今城の叔父に当たる陸軍元帥は、この件で責任を取り辞職し、二度と表舞台には現れなかった。

鬼塚はこの手紙を読み、茫然とした。

今城の華やかな屈託のない貌を思い出す。
あの人懐っこい明るさは全て隠れ蓑だったというのか…。

…いや、何より…

「僕はこの戦争を終わらせるために憲兵隊に入ったのだ」
あの言葉は、嘘だったのか…。

…そして…

「君は生きろ。生き延びて、本当の人生を前を向いて生きるんだ」
あの言葉も、まやかしだったのか…。
抱きしめられた今城の胸の温かさも…
すべては嘘だったのだろうか…。

今城が語った言葉は鬼塚の心に染み入って、まだ残っているというのに…。

…もう何も信じられない…。
誰も信じられない…。

鬼塚は硫黄島の洞窟の焚き火に、郁未の手紙を投げ入れた。
…手紙は瞬く間に朱色に燃え上がり、やがて火花を散らしながら儚い灰になっていった…。

戦闘開始の銃声が響いた。
鬼塚は焚き火をブーツの脚で消し、銃を装着すると残り少ない部下と共に洞窟から駆け出した。



鬼塚は長い回想から覚め、ジッポーのライターを点火した。
…金色の火花を散らした炎は、初春の薄ら寒い風に吹かれ、一瞬で消えた。
縁側は再び暗闇に包まれた。


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