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いつかの春に君と
第5章 いつかの春に君と
…小春は庭のさらに奥…群生の野薔薇の奥の小さな桜の樹の下に佇んでいた。
桜模様の着物を身につけ、はらはらと舞い落ちる桜の花弁を受ける小春は、息を呑むほど美しかった。
思わず声をかけるのも躊躇うほどの幽玄さに、鬼塚は立ち竦む。
…人の気配に振り返り、小春は小さく微笑んだ。
「…にいちゃん…」
「どうした?こんなところで…」
小春は砂糖菓子のような甘い眼差しで鬼塚を見遣った。
「…見て、にいちゃん。
この桜…昔、家のそばにあった桜に似ているの…」
その桜は小振りで、背丈も小さな桜であった。
「そう言えば、そうだな。…こんな桜が近くにあったな」
…東北の…陽当たりのあまり良くない村に咲く桜は皆、小さく儚げな風情をしていた。
けれど春を待ちわびる子ども達にとっては、宝石のように美しい憧れにも似た桜だった。
「小さくて…でも健気に咲いている桜が大好きなの…」
「…小春…」
振り返り、小春はそっと鬼塚の手を取った。
白く華奢な手で、鬼塚を包み込み…そっと頬を寄せた。
「…にいちゃん、大好きよ…」
「…小春…」
小春の黒曜石のような濡れた瞳が鬼塚を見つめる。
「にいちゃんが美鈴さんと結婚しても、私はにいちゃんが好き…。でもこれは秘密…。
二人だけの永遠の秘密…。
…この桜だけが知っているのよ…」
甘く狂おしい痛みが鬼塚を襲う。
鬼塚は小春の手を握りしめた。
秘めた恋を告白するように、囁く。
「…ああ、秘密だ…。二人だけの…永遠の秘密…」
春の風が吹き遊び、薄紅色の雨が二人に降り注ぐ。
甘い罪にも似た花の薫りが漂った。
…そうして、やがて二人が寄り添う影以外は、もう何も見えなくなった。
〜La Fin〜
桜模様の着物を身につけ、はらはらと舞い落ちる桜の花弁を受ける小春は、息を呑むほど美しかった。
思わず声をかけるのも躊躇うほどの幽玄さに、鬼塚は立ち竦む。
…人の気配に振り返り、小春は小さく微笑んだ。
「…にいちゃん…」
「どうした?こんなところで…」
小春は砂糖菓子のような甘い眼差しで鬼塚を見遣った。
「…見て、にいちゃん。
この桜…昔、家のそばにあった桜に似ているの…」
その桜は小振りで、背丈も小さな桜であった。
「そう言えば、そうだな。…こんな桜が近くにあったな」
…東北の…陽当たりのあまり良くない村に咲く桜は皆、小さく儚げな風情をしていた。
けれど春を待ちわびる子ども達にとっては、宝石のように美しい憧れにも似た桜だった。
「小さくて…でも健気に咲いている桜が大好きなの…」
「…小春…」
振り返り、小春はそっと鬼塚の手を取った。
白く華奢な手で、鬼塚を包み込み…そっと頬を寄せた。
「…にいちゃん、大好きよ…」
「…小春…」
小春の黒曜石のような濡れた瞳が鬼塚を見つめる。
「にいちゃんが美鈴さんと結婚しても、私はにいちゃんが好き…。でもこれは秘密…。
二人だけの永遠の秘密…。
…この桜だけが知っているのよ…」
甘く狂おしい痛みが鬼塚を襲う。
鬼塚は小春の手を握りしめた。
秘めた恋を告白するように、囁く。
「…ああ、秘密だ…。二人だけの…永遠の秘密…」
春の風が吹き遊び、薄紅色の雨が二人に降り注ぐ。
甘い罪にも似た花の薫りが漂った。
…そうして、やがて二人が寄り添う影以外は、もう何も見えなくなった。
〜La Fin〜