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その匂い買います
第1章 その匂い買います
 帰宅した中塚は、畳の部屋の上で足を崩して座った。二、三度、首を回して、あくびをする。中塚の部屋には、あまり物が置いていない。必要最低限の物しかなく、かなり殺風景な部屋であった。
 畳の部屋には、押し入れの襖の隅に、布団が三段折でたたんであり、その近くには、埃のかぶった扇風機が置いてあり、おまけに、テレビを観ない中塚は、部屋にテレビすらない。そして、中塚の一番の思い出の品が、目の前にある箪笥であった。この箪笥は女手ひとつで育ててくれた母親が、中塚の就職祝いに、中塚に買い与えたものであった。しかし、中塚が就職をして間もなく、心労からか病に倒れ、そして帰らぬ人になった。
 今まで涙ひとつ流した経験が無い中塚が、無表情のまま母の死に、涙を流していた。大学まで通わせてくれた母親に、中塚は心から感謝していた。母親の死に直面し、中塚の中で涙を流すという感情が、この時に宿った。そして、悲しみと言う感情をこの時に覚えた。
中塚は立ち上がり、目の前ある箪笥の前に立った。そして右手の平を、箪笥の扉にあてた。
「おふくろ…… ありがとう……。 俺、負けんよ」
 中塚は声に出していた。だがその声は、幾分震えていた。
「いじめられても、負けんなよ、修二」
 それが、母親が病院のベッドの上で、この世に残した最後の言葉でもあった。
 中塚の心の中に蘇った、あの日の鼓動。この箪笥を見るたびに、母親と過ごした時間を、 中塚は思い返してばかりいた。
 箪笥の前に立ち止まったまま、中々その場を離れられずにいた。畳の上に涙の滴がこぼれ落ちて行く。一粒…… 二粒…… 
 中塚は幼少期から学生時代まで、笑わない人間、感情をもたない人型ロボットと揶揄されてきた。社会に出てからは似たようなタイプの者たちがいることに、中塚は少々嬉しくも思っていた。一応は社会には適応できている。いじめにもあわなくなっていた。それは不思議な感覚だった。母親との思い出の品をみた瞬間、そんなロボット人間にも、人の心がほんの少しばかし宿っていたのである。いや、正確には、閉ざされていた母親の想いという姿なき愛情を浴びた時、眠っていたその心が自らの存在を知ってもらおうと、陽のあたる場所に姿を現したのだった。
 西日が強烈だった。その瞳孔を焼き付けるような、痛みにも似た強い光は、メガネのレンズをオレンジ色で覆いつくした。
 
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