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第3章 立ち上がる『ジャンヌダルク』

数週間後、初夏の香りも漂い出した土曜の午後、体育館には練習用の純白レオタード姿で一人一心不乱に舞う郁子の姿があった。間近に迫った新体操部の県大会を思い、練習に打ち込みつつ、郁子の心を占有しているのはここ数日間の来し方であった。
（出過ぎたことをしたのかな、私…。でも、これでいいんだわ。誰かが風穴を開けなかったら、敬愛はずっと悪しき伝統を引きずるだけだもの）
渋る総務委員長の意向を振り切り、５日前に実現させた『全校生徒意見調査会』なるイベントの席で、司会を務めた郁子は真っ直ぐ真摯に、応援団委員の所業を訴え、その廃止について提案したのだ。ご当人の団員たちが睨みを利かす異様な雰囲気の中、学園一の美少女が倫理を訴える姿は、あたかもジャンヌダルクが邪悪なる者たちに宣戦布告をするかのようなスチュエーションを生み出し、多くの生徒、そして教師たちの心を揺さぶった。
『みんなッ、同じように敬愛を好きで一生懸命受験勉強して、夢をいっぱい持った仲間が、理不尽な暴力に怯えて暮らすような現状を許しておけますか！？ 私は、今の敬愛を愛せませんッ！！ でも、だからッ…だからみんなと一緒にこの学校を変えていきたいんです。ここにいる皆が、希望に満ちた将来を描けるよう、立ち上がりましょう！！』
下手な教師の説教よりよほどサマになった演説に、男子の間では郁子のファンクラブまで誕生したという噂もある。ともあれ、学園のジャンヌダルクの登場で、生徒たちは無論、聖職とは名ばかり、事なかれ主義の公務員教師たちに重い腰を上げさせたことは間違いなかった。

だが、と郁子は思う。思春期の若者とは、えてして、正義を気取る者を毛嫌いする。その人気への嫉妬もあってか一部では郁子の『熱血漢』ぶりを揶揄する者も少数存在するらしい。そのこと自体は郁子はさして気に留めていないが、自分が目立つことで悪しき風習を打ち崩そうとする生徒たち気勢を削いでしまいたくなかった。
（でもいいわ。私は決めたんだから…。自分の信念を曲げたくない。そのためなら、悪役でも憎まれ役にでもなってみせる…。それと…ジャンヌダルクにも、ね）
郁子は宙に投げたリボンを真剣なまなざしで見据え、長くムチリとした太腿を振り上げ、天を仰いだ。羽衣のように舞い降りてくるリボンを受け止めた瞬間、視界の隅に自分を見射るような視線を投げつける複数の人影をとらえた…。