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女鑑~おんなかがみ~
第1章 身売り
「あなた。どうかそれだけは、操子さんを身売りなんて、うそですよね」
めったに取り乱すことのないお母様が、高い声でお父さまと言い争っている。
身売り、ここまできたのか、と操子は、心臓ががたっと鳴るのを感じた。
高等女学校の四年生である。同級生のなかには結婚が決まって中途退学をする方も多いので、絶対に卒業したいというほどではないが…。
このところ、お父様とお母様は難しいお顔で話し合いをしておられることが増えた。でも、操子が女学校から帰ったことに気づくと、お父様はすぐに話をやめて、
「操子は何も心配しなくてよい」
とおっしゃっていたのだ。
けれど、この前たまたま開けてしまったお母様の箪笥は空っぽだった。いままでは、季節ごとの御着物と帯がたくさん入っていたのに。
「そんなことをさせるものか。当然、それは断るつもりでいる。いくらなんでもだめだ。ありえない。
だが、そういう口を紹介することを、若槻の奴にそそのかされただけだ。失礼な奴だ。」
「ああ、よかった。お断りくださったのですよね。あの若槻さんって方、私は前からあまり好ましくないと思っておりました。
高価なものを身につけておられるけれど、何となく趣味が良くない気がして。
輝虎さんってお名前の通り、まるで人を食う虎のような感じがするのですよ。
そんな恐ろしいことをおっしゃる方だったなんて。大切な娘を苦界に沈めるなんてあり得ない。
もう、あのような方とお付き合いはなさらないでくださいね。
操子さんはこれから、女学校を終えたら、花嫁修業をして、あなた、そうですよね。
操子さんがよいところにお嫁に行ければ、またこれからいろいろ…。
それとも、もし孝秀さんがまだ帰ってこないのなら、どなたかにお婿さんになってもらって」
操子は孝秀兄様のことを思い出す。
恐ろしい形相で操子の顔を見て、そして去っていった兄。
「お前が善意だと思いこんでいる行いが、ひとりの女を苦界に陥れたのだ。
お前は優等生のつもりだろうが、お前の腹は毒蛇と同じだ。忘れるなよ」
苦界、もし売られたら、自分もそこに行くのだろうか、操子は躰を硬くした。
めったに取り乱すことのないお母様が、高い声でお父さまと言い争っている。
身売り、ここまできたのか、と操子は、心臓ががたっと鳴るのを感じた。
高等女学校の四年生である。同級生のなかには結婚が決まって中途退学をする方も多いので、絶対に卒業したいというほどではないが…。
このところ、お父様とお母様は難しいお顔で話し合いをしておられることが増えた。でも、操子が女学校から帰ったことに気づくと、お父様はすぐに話をやめて、
「操子は何も心配しなくてよい」
とおっしゃっていたのだ。
けれど、この前たまたま開けてしまったお母様の箪笥は空っぽだった。いままでは、季節ごとの御着物と帯がたくさん入っていたのに。
「そんなことをさせるものか。当然、それは断るつもりでいる。いくらなんでもだめだ。ありえない。
だが、そういう口を紹介することを、若槻の奴にそそのかされただけだ。失礼な奴だ。」
「ああ、よかった。お断りくださったのですよね。あの若槻さんって方、私は前からあまり好ましくないと思っておりました。
高価なものを身につけておられるけれど、何となく趣味が良くない気がして。
輝虎さんってお名前の通り、まるで人を食う虎のような感じがするのですよ。
そんな恐ろしいことをおっしゃる方だったなんて。大切な娘を苦界に沈めるなんてあり得ない。
もう、あのような方とお付き合いはなさらないでくださいね。
操子さんはこれから、女学校を終えたら、花嫁修業をして、あなた、そうですよね。
操子さんがよいところにお嫁に行ければ、またこれからいろいろ…。
それとも、もし孝秀さんがまだ帰ってこないのなら、どなたかにお婿さんになってもらって」
操子は孝秀兄様のことを思い出す。
恐ろしい形相で操子の顔を見て、そして去っていった兄。
「お前が善意だと思いこんでいる行いが、ひとりの女を苦界に陥れたのだ。
お前は優等生のつもりだろうが、お前の腹は毒蛇と同じだ。忘れるなよ」
苦界、もし売られたら、自分もそこに行くのだろうか、操子は躰を硬くした。