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女鑑~おんなかがみ~
第16章 献身
客が帰った後,芯に重さの残る身体を無理やり起こして,千代紙の裏に鉛筆を走らせる。
まずは先に来た客,「タイガの紹介だ」言って名乗らずに来た客から聞いた話のうち,若槻が求めていた情報,先日の橋梁工事の入札価格がどのように決まったのか,という話を忘れないうちに書き,折り鶴を仕上げ,さらに不用意に開かれぬように少し糊をつけておいた。
 次に新しい千代紙を取り出して,夕顔に代わって引き受けた客からの情報を書く。予定外に聞いた話については折り鶴以外の折り紙にするのが若槻との間のルールであるから,とりあえず兜を折って和紙の台紙に張り付けたところに,女将が入ってきた。

「随分,熱心だね。本当に趣味のよい手紙だ。世話になっている人に心遣いのある手紙を日ごろから出すのは良いことだよ。」
「あ,ありがとうございます」
「まあ,あまり折り紙を貼り付けると封筒が重くなりすぎるから気を付けたほうがいいと思うけどね。郵便配達もそういうのは嫌がるんだよ」
葵は慌てて折りかけの紙を手元に隠した。

女将は古い新聞紙を取り出した。
「まあいい。お前さん,新聞を毎日読んでいるようだけれど,この記事を覚えているかい」
渡された記事には見覚えがあった。
ある代議士が駅で暴漢に刺されたが幸い軽傷で済んだという記事である。最近は物騒なのか,同様の事件が頻繁に報道されているので気にも留めていなかったのだ。

「この記事,何も気づかなかったかい。警察では,犯人の暴漢が,どうしてこの駅と乗車時刻がわかったのか,といろいろ調べているらしいよ」
女将が念を押すように言った。
「駅?  あっ」
記事に再び目を落とした葵は表情を急に硬くして,それから慌てて
「え,ああ左様でございますか」と無理にそっけなく答えた。

「今ごろ驚いたということは,知らないんだね。あのときの客の身元も顔も」
「ええ,若槻さんのご紹介だということなので,それ以上は・・・,それにあのときはずっと目隠しを・・・。あっ」

「お前としたことが少し早とちりだね。あの男が以前,タイガの紹介だと言って尋ねてきて,お前に目隠しをさせていた客だとすぐに気づいたのはどうしてだい。私はまだそんなことは言っていないよ。」
「……」
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