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女鑑~おんなかがみ~
第16章 献身
「まあ,これから先のことは考えよう。特に指名のない客や,ほかの妓たちが厭がっている客を引き受けるのはもちろん構わないよ。
けれど,あまり身体に無理をさせるような客は上手に断るんだよ。
身体を壊したら何にもならないんだからね」

女将である久子はそう言って自室に戻り,ため息をついた。
まずは弟と連絡を取りたいと思うが,何度手紙を出しても返事はない。葵が出した手紙にはこれまで,次の仕事の指示内容などが返信されてきているが,毎回投函される場所も違うので,輝虎の正確な居所は葵にもわからないのだ。

とりあえず紹介で来る客を断り,葵からの手紙を辞めれば,向こうも困って何か動くのではないか,そのときこそ,自分が前面に出て,姉として,そして若い娼妓たちを預かる女将として言うべきことを言わねばならない,と考えた。

「・・・・・・それにしても,・・・どうして」
同じ家できょうだいとして暮らしたのは十二歳までのことだが,そのあと,あの輝虎は,たぶん彼なりに何かに憤っていたのだろうと思う。
特に官吏をやめてからはおかしくなった。前に会って話したときにも,今は金の亡者になった,金色夜叉だと自嘲するように言っていた。

おそらくは,葵に次の出張で乗る汽車を教えたばかりに襲撃された代議士に対しても,輝虎が個人的に恨みを持っていたのではないのだろう。
輝虎もまた,誰かもっと悪い奴にとっての,便利な捨て駒にすぎないのかもしれない。

それとも・・・・・・・
久子は目を瞑って弟の顔を思い出そうとする。
十二歳で家を出て,その後,顔を合わせたのは,舞妓をしていた十四歳のときにみやこ呉服の旦那と一緒のときと,そして芸妓をしていた二十五歳ごろで綾小路大臣の世話になっていたときで,その後はこのむらさき屋の女将になって随分たってからだ。
材木屋で女中をしていたという娘を突然寄越したかと思うと,今度は,その材木屋の娘を寄越し,また連絡が取れなくなる。
だから中年になってからの顔は思い出そうとしてもすぐには出てこなかった。

思い出すのは舞妓時代に,みやこ呉服の旦那やその取り巻きの旦那衆らに連れられて花見にいったときのことだ。
遠足ではしゃぐ子どもらのなかに弟の姿を見つけ,駆け寄りたいほどの懐かしさを堪えて,旦那様の羽織の陰に隠れた。
あのときに見た輝虎の表情ばかりが何度も目に浮かんだ。

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