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女鑑~おんなかがみ~
第11章 嗜虐
若槻はその後,何度か綾小路大臣の私邸に招かれ,そのたびに娘の千賀子がピアノを弾いたり,ダンスをしたりした。
若槻は,綾小路大臣から自分が娘婿として望まれているらしいことに気づいた。それは願ってもないことであった。華族出身の大臣の女婿ともなれば,将来は約束されたようなものであった。
当初は特に千賀子に魅力を感じたわけではないが,私邸を訪ねるたびに「輝虎さま,お兄さま」と懐いてくれるのは嬉しかった。大臣の娘婿としての出世ということ以上に,育ちのよい愛らしい少女が自分の妻になれば,と夢見ることも増えた。
あるとき若槻は,綾小路大臣の大阪出張に同行した。大臣は,その帰りに,京都に若槻を伴った。
「君は,本当に堅い人間だから,このようなところでは遊ばないのだろうが,花街にも慣れておいたほうが良い。実は京都にはなじみの芸妓がいるんだ。最近は東京での仕事が忙しいからあまり構ってやれていないのだが・・・。まあ座敷には芸妓も舞妓も含めて何人か呼んでもらっているから,君も好みの芸妓がいたら話をつけてやってもいいぞ。」とにやにやしながらいう。
娘の誕生日のためにガーデン・パーティを催すような近代的な紳士でありながら,京都にはなじみの芸妓がいる,さすがに公家出身の大臣は侮れないと,若槻は呆れた。
若槻は正直なところ,そのようなところへは行きたくなかった。小学生のころに別れた姉が,京都で舞妓から芸妓になったのだと父親から聞かされていたからだ。姉と顔を合わせることは避けるように,京都へはなるべく近寄らぬようにしていたのだ。
大阪で会食した企業経営者二人と,綾小路大臣,そして若槻はハイヤーで料亭に向かった。座敷では,舞妓たちの踊りが始まった。舞妓に酒を注がれて杯を干しながら,若槻は,幼い日に別れた姉を思い出していた。ひょっとしてこの舞妓たちのなかにいるのではないかと探しそうになったが,よく考えてみると姉の久子はそのころすでに二十代の半ばであり,舞妓をしているはずはなかった。
そうしているうちに,紫色の着物に身を包んだ芸妓が入ってきた。
「小紫と申します。どうぞよろしゅうおたのもうします」
十年以上会っていなかった姉だが,声ですぐに分かった。化粧はしているが,涼やかな眼差しは昔と変わっていない。
若槻は,綾小路大臣から自分が娘婿として望まれているらしいことに気づいた。それは願ってもないことであった。華族出身の大臣の女婿ともなれば,将来は約束されたようなものであった。
当初は特に千賀子に魅力を感じたわけではないが,私邸を訪ねるたびに「輝虎さま,お兄さま」と懐いてくれるのは嬉しかった。大臣の娘婿としての出世ということ以上に,育ちのよい愛らしい少女が自分の妻になれば,と夢見ることも増えた。
あるとき若槻は,綾小路大臣の大阪出張に同行した。大臣は,その帰りに,京都に若槻を伴った。
「君は,本当に堅い人間だから,このようなところでは遊ばないのだろうが,花街にも慣れておいたほうが良い。実は京都にはなじみの芸妓がいるんだ。最近は東京での仕事が忙しいからあまり構ってやれていないのだが・・・。まあ座敷には芸妓も舞妓も含めて何人か呼んでもらっているから,君も好みの芸妓がいたら話をつけてやってもいいぞ。」とにやにやしながらいう。
娘の誕生日のためにガーデン・パーティを催すような近代的な紳士でありながら,京都にはなじみの芸妓がいる,さすがに公家出身の大臣は侮れないと,若槻は呆れた。
若槻は正直なところ,そのようなところへは行きたくなかった。小学生のころに別れた姉が,京都で舞妓から芸妓になったのだと父親から聞かされていたからだ。姉と顔を合わせることは避けるように,京都へはなるべく近寄らぬようにしていたのだ。
大阪で会食した企業経営者二人と,綾小路大臣,そして若槻はハイヤーで料亭に向かった。座敷では,舞妓たちの踊りが始まった。舞妓に酒を注がれて杯を干しながら,若槻は,幼い日に別れた姉を思い出していた。ひょっとしてこの舞妓たちのなかにいるのではないかと探しそうになったが,よく考えてみると姉の久子はそのころすでに二十代の半ばであり,舞妓をしているはずはなかった。
そうしているうちに,紫色の着物に身を包んだ芸妓が入ってきた。
「小紫と申します。どうぞよろしゅうおたのもうします」
十年以上会っていなかった姉だが,声ですぐに分かった。化粧はしているが,涼やかな眼差しは昔と変わっていない。