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花の輪舞曲
第1章 夜啼鳥の小夜曲
「…千紘に…か。そうだな。笙子さんは、千紘の嫁さんだったな」
ふんと鼻を鳴らすようにして、岩倉を上目遣いで見遣り…甚だ棒読みの大根役者のそれのように言い放った。

「笙子さんを俺の絵のモデルにお借りしてもいいですか?
…これでいいか?」
生意気な…と思いながらも、まだ16の従兄弟に意見するのも大人気ない。
岩倉は傍らの笙子を優しく見下ろす。

「環はああ言っていますが、笙子さんのお気持ちはいかがですか?…ご無理はされなくて良いのですよ」
笙子に選択させるのは些か酷だと思いながらも、ここは本人の意思を尊重するしかない。

笙子は暫く逡巡するかのように思い倦ねていたが、やがて静かに頷いた。
「…私でお役に立つのでしたら…」

環の瞳が輝いた。
「ありがとう!本当にありがとう!すごく…嬉しいよ。
…じゃあ、また後で…」
一瞬の素早さで笙子の手を握りしめ、そのまま風のように去っていった。
岩倉が咎める間もない出来事だった。
その疾風の如き少年の闊達な若さが、眩しくさえ感じられた。

気がつくと、笙子がか細く白い手で岩倉の背中を握りしめていた。
「…怒っていらっしゃいますか?千紘さん」
叱られるのを恐れるかのような、心細げな表情をしていた。
慌てて首を振る。
「いいえ、笙子さん。貴女がお嫌でなければ良いのです。
…環は…気難しい子ですが、決して悪い子ではないし貴女を描きたいのも本当でしょう。
それであの子の鬱屈した今が少しでも変化してゆくのなら…私から笙子さんにお願いしなくてはならないことでした」

…何を自分は幼稚な嫉妬をしているのだと恥じ入る。
年若の従兄弟が絵画への情熱を取り戻し始めたというのに…。
喜ばしいことじゃないか…。

笙子は黙って岩倉に抱きついた。
自分から岩倉に触れてくることは極めて珍しい。
「笙子さん?」
「…もしかして…嫉妬して下さっていますか?」
岩倉はふっと力を抜き、柔らかく笙子を抱きしめた。
「ええ、ご推察通りですよ。
…環に貴女を取られないか、やきもきしています。格好悪いですね…」
岩倉の腕の中で笙子が強く首を振る。
見上げたその聖女の如く美しい貌は喜びに輝いていた。
「…嬉しいです。もっともっと…嫉妬してください…」
「…笙子さん…!」
可憐な白い花を手折るように、岩倉は荒々しくその柔らかな紅い唇を奪わずにはいられない…。

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