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花の輪舞曲
第1章 夜啼鳥の小夜曲
伽倻子は笙子の隣に腰掛けながら、静かにため息を吐いた。
「…そう…。千紘さんの治療が成功したから、ご夫婦生活は問題ないかと思っていたのだけれど…」
伽倻子には全てを話していた。
岩倉を紹介し、二人の結婚に後押ししてくれた伽倻子は笙子にとって血の繋がらない姉のような頼もしい存在だったからだ。

「…ええ。私も…自分でもどうして良いのか…。
千紘さんは自分の所為だと、ご自分を責められました。
そうではないのに…。
千紘さんはお医者様でいらっしゃるから、私の心の傷をこれ以上抉ってはならないと考えていらっしゃるのだと思います。でも、私は…」

…あの日以来、二人は別々の部屋で寝むようになったのだ…。
それは岩倉が言い出したことだった。

「私が側にいては、笙子さんは気が休まらないでしょう。
…しばらくは別々に寝みましょう」
そう言われ、笙子は何も言えなかった。
岩倉の存在が笙子を怖がらせていると自分を責めている男に、そうではないと口で言っても…実際、笙子は岩倉を受け入れることが出来ないのだ。
…もしまたあの夜のように拒んでしまったら…。
どれだけ岩倉を傷付けることになるだろうか…。

…愛しているのに…。

男は、毎晩寝む前に必ず笙子の額に口づけをする。
「…お寝みなさい、笙子さん」
唇に、ではない。
…笙子を怖がらせないように…ひたすらに大切にされているのを痛いほどに感じる…。

…でも、私は…。

切なげに見上げる笙子の眼差しを岩倉は苦しげに受け止め、一度だけそっと抱きしめる。
「愛しています。笙子さん…。貴女だけです…」
「…私もです…。愛しています…」
…その背中に縋り付きたい。
縋り付いて、この男のものになりたい…。
…なりたいのに…。

岩倉は何も言わずに、優しく微笑むと、その差し出しかけた笙子の手を愛おしげに握りしめ…そのまま隣室へと姿を消すのだ。

…しんと静まり返った寝室に、笙子は一人きり取り残される。

隣の部屋に岩倉がいるのは分かっている。
…分かっているのに、寂しい。
心が凍えるほどに、寂しい…。

…そばにいてほしい…。
けれど、それは口にはできない。
…自分にその資格はない…。

…私は…私は…。

その続きの言葉は、果てしない闇の中へと消えてゆくのだ。

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