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セイドレイ【完結】
第16章 初恋
本山が新堂からの追及を受けていたころ、亜美と貴之はいつもの通学路を歩いていた。
「(聞きたいことはいっぱいあるはずなのに…いざ目の前にするとなにも聞けねぇ──)」
貴之がそう躊躇している一方で、亜美も貴之のことを特別な存在として意識し始めていたものの──その裏でどうしようもないひとつの答えにたどり着いていた。
(水野くんを…巻き込みたく…ない──)
正直な気持ちである。
現に、新堂は貴之の名を口にしたのだ。
となると、貴之の存在を雅彦も知っている可能性が高い。
こうしている今も、どこからか見張られているかもしれない。
今後の展開次第では、貴之にどんな危害が及ぶか分かったものではないのだ。
(それに私は…汚れている。本当の私は、水野くんが思っているような女の子じゃない──)
これは初恋と呼べるものなのかもしれない──だがそれを認めるのが、亜美は怖かった。
今のこの状況で、あまりにも現実的ではないからだ。
これ以上気持ちが大きくなる前に、どうにか貴之を遠ざけるべきだと頭では理解している。
しかし、貴之のあの笑顔がほかの女子に向けられるのを想像したとき──嫉妬のような感情にかられてしまうのもまた事実だった。
(もう…どうすればいいの──)
そうこうしているうちに、通学路は分岐点にさしかかる。
「──じゃあ、また明日」
「うん…。あ、高崎さんっ!ちょっと、ちょっと待って…」
「なに…?」
「あ、あの… "亜美"って…呼んでもいいかな?」
「えっ…?」
「ごっ、ごめん…。やっぱ馴れ馴れしいよな。今のはなかったことに──」
「────いいよ」
「へ?」
「でも私はまだ…ちょっと恥ずかしいから… "水野くん" でも…いい?」
「え??あ…う、うんっ!なんでも!好きに呼んでくれたら…」
「ありがとう。じゃあ水野くん、また明日ね」
「お、おう!また明日な……亜美!」
「(よっしゃ…!これで一歩前進…って感じ?)」
ガッツポーズをしながら家路を歩く貴之。
自宅マンションの前に着いたとき、ふと気になりうしろを振り返る。
少し遠くに、艶やかな黒髪をなびかせて歩く亜美の後ろ姿が夕陽に浮かんでいた。
その姿はひどく儚げで、そして孤独に感じられた。
「亜美…──」
貴之は無意識にその名を小さくつぶやいていた。