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セイドレイ【完結】
第20章 朔
『亜美、亜美…──』
遠くから、呼ぶ声がする。
それは耳慣れた響き。
そして、なつかしい響き──。
(ママ…?)
果てしなく続く草原の向こう。
そこに、死んだはずの母が立っていた。
(やっぱりママだ…!亜美だよ!ここにいるよ!)
しかし、亜美の声は届かない。
よくよく見てみると、母は大きなお腹を抱えていた。
(うそ…なんで?どうしてママのお腹に赤ちゃんがいるの…?)
母は腹をさすりながら、その子に語りかけているようだ。
『──この子、"亜美" って名前にしようと思ってるの。いい名前でしょ?きっと素敵な女の子になるわ。亜美、私の亜美──』
(どういうこと…?私はここにいるのに…。もしかしてあれは、私なの…?)
そのとき、母と目が合う。
(ママ…!やっと気付いてくれた!亜美だよ!)
しかし、母は亜美の顔を見た途端、それまで穏やかだった顔色が一変する。
それは今までに見たことのないような、ひどく哀しい表情──。
(ママ…?どうしてそんな顔するの…?)
母は亜美から目を逸らし、そのまま吸い込まれるように光の中へと消えていく──。
(ママ…!待って!行かないで…────)
♢♢♢
「────ハッ!」
時刻は午前4時。
亜美は夢にうなされて目を覚ました。
まったく同じ夢を、以前にも見たことがある。
そもそも、母の夢を見ること自体が久しぶりだった。
かつては毎晩のように両親が夢に出てきたというのに。
しかし、こんなふうにまったく同じ夢を見るのは初めてのことである。
この夢は初めて見たときから、不思議な夢だと思っていた。
(──まだ4時…か)
亜美は布団を頭までかぶると、ふたたび目をつむった。
厳しい残暑もようやく過ぎ去り、季節は秋の深まりをみせる。
制服も夏服から、冬服のブレザーへと衣替えをした。
亜美はというと、相変わらずの日々を送っている。
とくに進展がない、と言ってしまえばそれまでかもしれない。
健一や慎二はいつもどおりであるし、客の相手は新規とリピーターを粛々とこなす毎日。
絶望のなかにも、どこか "慣れ" のようなものを感じていたのかもしれない。
その証拠に、亜美は久々に母の夢を見ても──もう涙を流すことはなかった。