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セイドレイ【完結】
第3章 はじめての朝
もちろん、少しでも悲しみが癒えたわけではない。
それどころか、それは日毎に増すばかりだった。
だとしても──。
このままいつまでも、こうしてベッドの中にうずくまっているわけにもいかない。
亜美は、絶望の淵からようやく一歩踏み出そうと、悲壮な決意を固めたのだった。
「私、おじさんのところでお世話になります…」
たった一言、亜美のその言葉によって、止まっていた時間が一気に進み始めた。
遺産相続や引っ越し、事故関係の処理、その他もろもろの手続き等、やらなければいけないことは山のようにあったが、周りの大人たちが率先してすべてをやってくれた。
(私やっぱり…恵まれてるのかも…?)
亜美は無意識に、この世に悪人など存在しない、と思っているきらいがある。
みな、こんな自分のために、できる限りを尽くしててくれている、と──。
正直なところ、人と会話をすることさえ辛い状態だったが、塞ぎ込んでいるよりは幾分マシに思えた。
亜美なりに精一杯、自分のやるべきことをやろうと必死だったのだ。
その健気な様子に、親族一同は胸を痛めていた。
"ある一人" を除いては────。
(今日でこの家ともお別れか…)
それから数日が経ち、いよいよ、亜美の引き取り手となる武田家に出発する日の朝を迎えた。
「武田のおじさん」こと、武田雅彦は、亜美の未成年後見人という形を取るらしい。
迎えの車を待つ亜美。
手持ちの荷物を抱え、自宅の玄関の前から、自分が生まれ育った家を眺める。
たくさんの思い出が詰まった家。
家族で過ごした幸せな日々。
すべてに思いを馳せながら、自分が少しだけ大人になったような気がした。
(パパ…ママ…、私おじさんのところで頑張るから。見守ってて…)
車の音が聞こえる。
どうやら迎えが到着したらしい。
亜美は若干の緊張を覚えつつ、自分を窮地から救ってくれたその男に
失礼のないようにしなければ、と考えていた。
「…おはようございます。亜美です。よろしくお願いします」
亜美を乗せた車が走り出す。
生まれ育った街が徐々に遠のいていく──。
この先、どんな運命が待っていようとも、これ以上に辛いことなどないと思った。
しかし──。
これはまだほんの序章に過ぎないことを、このときの亜美はまだ、知らなかったのである。