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セイドレイ【完結】
第3章 はじめての朝
亜美は内心、どうでもよかった。
ただあの日、どうして両親にあんなことを言ってしまったのか。
どうして父と母が死ななければならなかったのか──。
望みがあるとするならば、もとの生活に戻りたい。
ただそれだけだった。
こうなってしまう前の、幸せだったあの日常に。
しかしその一方で、いつまでもこうしているわけにはいかないことも、頭では分かっていた。
心優しい亜美は、自分の存在が身内の負担となっていることも当然ながら気にしてはいたのだ。
亜美はしばしの沈黙を挟んだのち、たった一言小さな声でこうつぶやいた。
「…おばさん、もう少し考えさせて。ありがとう。ごめんなさい」
今の亜美には、ベッドの上から背中越しにそう言うのが精一杯だった。
その夜──。
亜美は、自分が生まれた時から現在までの写真が収められているアルバムを見ていた。
どの写真を見ても、いかに自分が両親に愛され、大切に育てられてきたか、あらためて思い知るばかりだった。
しかし、当たり前だと思っていたそんな日常はもう、無い。
亜美が医者を志したのは、それが父の夢だったからだ。
普段あまり多くを語らない父が、「あきらめた夢」について語ってくれたことがある。
「父さんは亜美みたいに賢くなかったからな」
そうはにかみながらかつての夢を語る父の顔を、亜美は今でもはっきりと覚えている。
そしてその日から、その夢は亜美の夢になった。
自分が父の夢を追うことで、喜んでくれるのではないか、と考えたからだ。
(パパ…私、がんばれるかな……)
両親を亡くした今、亜美が生きる意味を感じられることは一体何なのだろうか。
それは、父が果たせなかった夢を追うことなのではないか──、そう思った。
(…でも、親族にお医者さんか居たなんて…一度も聞いたことなかった。パパやママが知らないはずはないし…)
父が医者を志すうえで、身内に医療関係者がいたとするなら、そういう話が今まで聞こえてきてこなかったのはいささか妙である。
しかし、疑うことを知らない15歳の少女は、何か事情でもあったのだろうと、それ以上深く考えることはしなかった。
(よし…決めた。明日、みんなに言おう。それがきっと、パパとママが一番喜んでくれるはず…────)