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セイドレイ【完結】
第4章 野性
武田クリニックの院長である雅彦は、先代である父が開業した産婦人科を若くして継いだ、二代目である。
医者というと裕福に思われるかもしれないが、「開業資金は一代では返せない」と言われるほど、病院経営は簡単なものではない。
もちろん、一般的な職業より収入はあるし、社会的地位や名誉もある。
しかし、病院を経営しながら2人の息子を育てていくことは、周りが思うほど容易ではなかった。
何としてでも後継ぎを育てなければならず、長男の健一にそのすべてを注いだ。
厳しく育ててきたという自負があり、その甲斐あってか現在、健一は晴れて研修医として活躍している。
もう1人の息子、次男の慎二のことは──、あまり考えたくない。
2年前に妻に先立たれ、健一も医者となり週末にこそ顔を出すものの
、平日は引きこもりの慎二と2人きりの生活。
親子ろくに顔を合わすこともなく、日々は淡々と過ぎていく。
病院も建物や設備が老朽化してきており、健一に引き継ぐにあたり大規模な改修が必要であること、その資金繰りにも頭を悩ませているところだった。
近隣では「腕の良い医者」ということで評判で、たびたび大学の講演会に呼ばれることもある。
そして家では、厳格な父としての顔を持つ。
そんな彼には、悩みというほどのことでもないのだが──、かれこれ20年にわたり、自身が男性として不能であることを自覚していた。
産科医であるがゆえ、これまで何千何万という女性器を見てきたからなのかもしれない。
雅彦にとってそれは、いつしか性的興奮を覚える対象ではなくなっていった。
激務による疲れからかもしれないが、勃起不全と射精障害を抱えている。
そして還暦を迎えた今、年齢のことを考えたとき、もはやそのことはどうでもよくなっていた。
ただ、性欲を失った人生が、こんなにも味気ないものかということを、心の片隅では感じていたのだった。
自分はこのまま、ただ馬車馬のごとく働き続けるだけの一生を終えるのだと、どこか諦めにも似た境地に差し掛かっていた。
そんなさなか、親族から一本の電話が入る。