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セイドレイ【完結】
第42章 原風景
亜美はその夜、なかなか寝付けずにいた。
最近では珍しいことだ。

感情の波がこうも覿面に現れるとは。
我ながら脆いものだな、と亜美は思う。

確かにこんなことで揺らぐようならば、出産など望むべきでは無かったのだろうと、亜美は妙に納得もしていた。

決して、新垣の戯言で悲観的になっているわけでは無い。
ただ、自信が無くなったことは確かだ。

やはり、母性など神話なのかもしれない。

母親に「なる」というのは、果たしてどういうことなのだろう。
いま一度考えてみたが、答えなど無かった。

もしも、今は亡き母が生きていたら問うてみたい。

母は、ただ子供を産みたかっただけなのだろうか。
夫に生殖能力が無いと分かった時、おいそれと他の男の子供でも良いから身ごもりたいと思ったのだろうか。

子供なら、なんでも良かったというのか。

分からない。

母性。
そう聞けば真っ先に、母の顔が浮かぶ。

どれだけ過去を振り返っても、母に愛された記憶しかない自分の半生を呪いたい気分だった。
もしかしたら、亜美の知らぬところで、母は人知れず後悔の念を抱いていたかもしれない。
日に日に生物学上の父の面影を宿す亜美のことを、恐ろしく感じていたかもしれない。

それでも母は、亜美を産んだのだ。

では亜美は、今天国にいるであろう母に『産んでくれてありがとう』と、心の底から言えるだろうか。

言えないのなら、この子を産むべきでは無いと、亜美は思った。

(私は…母親に……)



その時だった。

そっと地下室の扉が開く音がする。


(誰…?もしかしてっ…例の…?)


別に起きていたとしても何の問題も無いはず。
しかし、亜美はどうしてか動くことが出来ず、そのまま寝たフリを続けた。

(誰…?誰なのっ…?)

ベッドに横たわる亜美に、何者かが近づいてくる気配がする。

…足音が止む。

触れてくる様子は無いが、確かに誰かがそこにいる。

そして再び足音がする。
…少し離れただろうか。

亜美は恐る恐る、細目を開けて、その正体を確認する。

(え……どっ、どうして!?)

亜美は、そこに居る男の後ろ姿に、目を疑った。

(新堂……どうしてこの人がここにっ…!?)
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