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セイドレイ【完結】
第43章 箱庭
「…あ、親方ぁ!遅いじゃないすか~。そこ、お茶ついどきましたよ」

屋敷から庭へ戻ってきた親方に、貴之がそう声を掛ける。

「……お?おお。すまんな……ありがとさん………」

「…親方?どうかしたんすか?…なんかいつもと様子が…もしかして熱中症とかっ??」

先程と比べてどことなく気だるそうに見える親方。
どこか放心状態のようにも思える。
貴之はそれを体調不良かと思ったのだが、もちろんそうでは無い。

後で思えばそれは、バツが悪そうな顔、だったのかもしれない。

親方は、この白昼に起きた先程の非現実をーー、
出すものはしっかり出しておきながら、受け入れられずにいた。



「…じゃ、俺先に便所行ってくるわー」

そう言って地べたから立ち上がった村尾を親方は引き止め、何やらヒソヒソと耳打ちを始める。

最初は眉間にシワを寄せそれに耳を傾けていた村尾の表情が、みるみるうちに目を丸くし驚いたようになる。

貴之はそれを不思議そうに眺めていた。

「(…何、話してるんだろ…俺…何かしたかな…?)」

普段、何事もあけすけにものを言う二人に、目の前で内緒話をされた貴之は少し不安になる。

そして話し終えると、村尾は屋敷の中へと入って行った。


「…茶、ありがとな」

親方はポツリとそう呟くと、貴之がついだお茶を一気にゴクゴクと飲み干した。

どこか落ち着かない様子にも見える。

普段はやたらと話しかけてくる親方が、一点を見つめたままそれ以上何も言葉を発しないことに違和感を覚えた貴之。


「親方……何か…あったんすか?それとも…俺、何かまずいことでもしちゃいましたかね…?」

「…ん。あ?……ああ。いや……お前は別に…大丈夫だ」

「そう…すか。ならいいんですけど…」

やはり、何かおかしい。
話しかけても、親方はどこか心ここにあらずといった様子だ。

無理も無いだろう。
庭師一筋で普通に生きてきた善良な区民である親方には、あまりに刺激が強過ぎたのかもしれない。


「…あいつが…村尾が戻って来たら、聞いてやってくれ」

遠い目をして、親方はボソボソとそう呟いた。

「…え?は、はい……」

貴之は腑に落ちなさを感じながらも、村尾が戻るのを待った。

開けっ放しになっている武田家の玄関を見つめながら、今日は二人ともやけにトイレが長い日だと…そう感じていた。
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