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セイドレイ【完結】
第2章 いつもの夜
亜美の帰る家は、「武田クリニック」の病棟に隣接している、古めかしい日本家屋を思わせる大きな屋敷だった。
分厚い表札板に、力強く書かれた「武田」の文字。
ここ武田家には、亜美と暮らす2人の男がいる。
まず、「武田クリニック」の院長である武田雅彦(たけだ まさひこ)。今年還暦を迎えた60歳。
その雅彦の次男で、26歳の慎二(しんじ)。
そして実はもうひとり、30歳の長男、健一(けんいち)がいるのだが、基本的には週末にしかここへ帰って来ない。
なぜなら健一は、病院を継ぐべく雅彦と同じ産科医になり、現在大学病院で研修医として勤務しているため、実家を離れて別の場所にひとり暮らしをしているからだ。
雅彦の妻、良枝(よしえ)が2年前に癌でこの世を去ってから、武田家にはこうして男3人だけが残った。
家事は家政婦がそのほとんどをやっているが、亜美が学校から帰宅するころにはダイニングに夕食の支度がされており、すでにその姿はない。
男ばかりが暮らすそんな武田家の屋敷の2階にある、8畳ほどの洋間。
そこが、亜美にあてがわれた部屋だった。
亜美が学校から帰宅したこの時間、屋敷の中にいるのは、次男である慎二だけだ。
しかし慎二は、かつては兄の健一と同じ医学部を目指していたものの、受験に失敗して今は落ちこぼれとなってしまっている。
特に母の良枝が亡くなってからは、常に自室に引きこもっているようだった。
つまりこの屋敷には、亜美に「おかえり」と声をかける者は誰もいないのだ。
(私だって… "ただいま" なんて言いたくない…)
亜美は、人の気配のないしんとした玄関でローファーを脱ぎ家に上がると、なるべく物音を立てないようにそっと忍び足で自分の部屋へと向かう。
どうやら亜美は、自分が帰宅したことを慎二に悟られたくない様子である。
そのまま2階へ上がり、部屋のドアを開けると、亜美はそこに誰もいないことにホッと胸をなで下ろした。
(ふぅ…よかった…。これで少しだけゆっくりできる…)
おそらく慎二は部屋で寝ているのだろう──、そう思った。
亜美はブレザーを脱ぎハンガーにかけると、大きなため息をついてベッドに腰を下ろす。