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セイドレイ【完結】
第50章 セイドレイ
『赤ちゃんなんていらない』

これは、亜美が自らあの夜に発した言葉だ。
それがどんなに愚かな発言か、亜美はもうじき産声を上げようとしている2つの生命に顔向けできない気がしていた。

それは男達に言わされたのだろうか。
果たしてあの時、正気じゃなかったのだろうか。

亜美には自信が無かった。

捜査官も検察官も弁護人も、あんな状況下では正常な判断ができなくなるのは当然のこととして、亜美が自責に駆られる証言をする度にそれは仕方が無いことだと何度も強調してくれた。

あなたは『被害者』なのだから、と。

でも、亜美は知っている。

あの夜。
男に跨り、無我夢中腰を振っていた女のことを。
精液が子宮に注がれるのを、嬉々として待ち望んでいた女のことを。

そして、心のどこかでもう一度あの夜を渇望してしまっている、女のことをーー。


(私がこんなだから...きっとまだ出てきたくないのかな...ごめんね...こんなママで、ごめんなさい...)


亜美は、臨月の腹を摩りながら眠りにつく。
目を瞑ると、一筋の涙が頬を伝っていた。



それと同時刻。
楓はベッドの中で、とめどなく流れる涙を拭いながら、亜美から預かったスマホの日記を読み終えた。

それは怒りや悲しみの涙では無い。
共感や同情の涙でも無い。

強いて言うならば、全ての涙だった。

淡々と綴られる日記の文字。
15歳の少女の生々しい日々の記録。

日記の中の亜美が、楓の中に憑依するかのように、意識となってなだれ込んで来る。

感受性。
大人になればなるほど、これほど邪魔なものは無い。

客観性を持ってして、事実をありのまま切り取る。
それが自分の生業だったはずだと、楓は思う。

果たしてこれを世の中に出して良いものか。
分からない。


ーー、だとしても。


楓はベッドから起き上がると、乱れた髪を掻き上げ、机に向かう。

そこに置かれた、まっさらな原稿用紙。

楓はペンを握ると、何かに取り憑かれたかのように、その一枚目に文字を記した。


『セイドレイ』 月島楓


「(亜美ちゃん、待ってて。私、今からあなたになるわ。だから、あなたが見てきた490日間の全てを、私に教えてーー)」


楓はその夜、一睡もせずに原稿に筆を走らせたのだったーー。
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