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せめて、今夜だけ…
第25章 水音
―フランス本社への移動を前向きに検討したく…―
とか何とか口から出鱈目を吐き、上手い具合に有休を取ることが出来た。
俺は今、優雅に流れる車窓の風景を眺めながら電車に揺られている。
魚月に会いに行く為に。
この忙しい時に有休なんか取ったら周りから恨まれるな。
桐谷なんてめちゃくちゃ怒るだろうな。
俺がやるはずだった仕事を桐谷に押し付ける形になってしまったのだから。
桐谷のやつ、今頃困り果ててるだろうな…。
申し訳ないと思いつつも、あたふたする桐谷を思い浮かべると笑えてくる。
窓から見える空はカラッとしたいい天気。
窓の外はビルが拡がっていたが、あっという間に自然に囲まれた風景になっていた。
電車に揺られてもうすぐ一時間。
少しずつ、魚月に近づいてる。
さっきまでは都会的な風景が拡がっていたのに、少し隣の県に入るだけでこうも雰囲気が変わるものなのか。
ずっと都会暮らしが長かったせいか、こんな些細なことにすら気づかなかったな。
そしてここは、魚月が生まれ育った町。
緑や山々に囲まれ、田園風景が拡がる和な町。
俺の凍りついた心も少しずつ溶けて行くようだった。
魚月は…、本当にこの町にいるのだろうか。
俺が会いに来たと知ったらどう思うだろう。