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置き薬屋と人妻。
第2章 ときめき
 プルルル……。
 数日後の夕方、電話の呼び出し音が鳴った。最近はスマートフォンで電話をすることが多いので少し驚いた。表示された電話番号には望結の見覚えのない番号がならんでいた。
『ああ、わたくし……置き薬の……この間のキャンペーンの件で……』
 落ち着いた雰囲気の声色が話し始めた。
 ――きゃん、お薬屋さんの……?
 イヌ顔が望結の脳裏に浮かんできた。
 頬が緩んだ。今、自分はどのような顔をしてるのだろう。望結はスマートフォンの自撮り機能で自分の顔を映す。潤んだ目と耳まで真っ赤だった。二十一歳で結婚して以来四年間一度も無かった。男性のことを思って胸を高鳴らせることなど……。
 ――ああ、運命だよ。
『……っと言うことで、今から伺いますが……』
 ――えっ、今、伺うって…………? どうしよう……。
「あ、お化粧直さなきゃ……」
 取り敢えず、いつも血の気がないと言われる唇に紅を引く。胸を高鳴らせながら初めて母親の口紅を引いたときのことが蘇った。ティッシュペーパーで唇を押さえると、そこに控えめな明るさの紅がふっくらとした唇の形が写し取られる。
 
 十分ほどが経ち、インターフォンが鳴った。
「わたくし、置き薬の……」
 胸が高なった。望結は返事もせず玄関を開けた。
「すみません。お忙しい時間にお邪魔してしまって……」
 ――ああ、運命だよ。どうしよう……。
「……と、言うことで……」
 ――あ、そう……。
「あ、そう……あの……」「はい……」
 ――名刺、名刺……。
「あの……め、名刺、下さいっ」
 ――ああ、まるで高校生の「付き合ってください」だよ。
 手汗が凄かった。
「ああ……、はい……❘潮田蒼甫《うしおだそうすけ》と申します」
 潮田が白い歯を見せた。
 ――きゃ、潮田蒼甫さん……。で、要件はなんだっけ……。
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