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エメラルドの鎮魂歌
第5章 青い鳥の唄
連れて行かれたのは藍の部屋だった。
自分の部屋まで当たり前のように青山に手を引かれ、藍は慌ててそれを振り払った。
「離せよ!」
そして、青山に背を向ける。

…動揺が収まらない。
嵯峨先生が…鬼塚と…。
何してたんだ?
あんな…甘い声を出して…。

「恋人同士の愛の行為を邪推するほど無粋なことはないよ、藍くん」
…朗らかな…どこか人を食った声が背後から聞こえる。
「愛の行為?汚らしいことを言うな!嵯峨先生をそんな目で見るな!」
振り返り、苛立ちをぶつける。
「おいおい、君はキスが汚いと言うのか?
あんなにも美しく甘美な行為はないと言うのに。
君はまだまだお子様だな」

世の中は物資がいよいよ乏しくなっていると言うのに、この男は舶来品の上質で洒落たスーツに身を包み、ぴかぴかに磨き上げられた高価な黒革の靴を履き、まるでこれからオペラ観劇でもしようかという伊達男ぶりである。

その様子を忌々しげに横目で睨む。
「俺はお子様じゃない!
…嵯峨先生は…誰にでも優しいから…だから鬼塚が迫ってきて仕方なく…なんだ。
そう…そうに決まっている!」

…そう言えば鬼塚は、やたらに嵯峨先生にベタベタしていた時があった…。
鬼塚は如何にもあの強面だし、無頼者で一匹狼的な男だから恋愛なんて軟派なものに興味なんかないと思っていた。
…でも…。
…あいつは、嵯峨先生に気があったんだ。
悔しさが胸の中をぐるぐると渦巻く。

鬼塚は藍と同じ浅草長屋に住んでいた。
窃盗集団に入っていた藍がやくざの抗争に巻き込まれそうになった時、助けてくれたのは鬼塚だ。
嵯峨先生を連れて来てくれて、この学院に入学することを勧めてくれたのも鬼塚だ。

粗暴で無愛想で可愛げのない男だが、中身は芯が通っているし、行動力も決断力もある成熟した奴だと買っていたのに…!

…のんびりと天気でも尋ねるような調子の声が聞こえてきた。
「君、嵯峨先生が好きなの?」
「ば…!な、何言ってんだよ!お、俺が嵯峨先生を好きなわけないだろ!」
反射的に否定する。
動揺を誤魔化すように捲し立てる。
「そんなわけない!俺は…俺は…嵯峨先生を尊敬して憧れているだけだ!
綺麗で優しくて頭が良くて…でもちょっと気が弱くてちょっと頼りなくて…思わず守ってあげたくなるようなひとだから…だから…」






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