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エメラルドの鎮魂歌
第6章 招かれざる訪問者
有島は、少年を怖がらせないように小声で声を掛け続けた。
「…分かりました。動きません。
…このまま、動かないから…だから逃げないでください」
…後退りは漸く止んだ。
少年は震える唇で、懇願した。
「…バロンを…犬を…返して…」
…ああ…と、有島は今更気づいたかのように、腕の中の子犬を見つめ、そっと差し出した。
信じられないほどに白く美しい手がおずおずと子犬を受け取った。
受け渡す際、一瞬だけ少年の滑らかな白絹のような指先と有島のそれが触れ合った。
…有島の全身に電気のような…しかし恐ろしく甘美な震えが走った。
子犬を胸に抱き込み、怯えたように背を向ける少年に縋るように話しかける。
「私は有島篤人と申します。
軽井沢には恩師を訪ねに参ったのです。
決して怪しいものではありません。
不躾ですが、貴方のお名前は?
こちらに住んでおられるのですか?
私が改めてお訪ねすることを、お許し願えますか?」
少年は相変わらず怯えきった表情で有島を振り返り、首を振った。
…そして、小さな声で答えた。
「いいえ。何もお答えすることはできません。
…こちらにも…決してお訪ねにならないでください。
…今日のことは…これっきりお忘れください…」
「お待ちください!」
思わず触れようとした有島の手をするりとすり抜け、少年は逃げ去った。
蜂蜜色の美しい長い髪が、さらりと風に靡く。
ミルク色の深い靄が、あっと言う間に少年の姿を隠した。
…後に残されたのは、有島と…有島の胸に生まれて初めて宿った激しい恋の炎のみであった…。
「…分かりました。動きません。
…このまま、動かないから…だから逃げないでください」
…後退りは漸く止んだ。
少年は震える唇で、懇願した。
「…バロンを…犬を…返して…」
…ああ…と、有島は今更気づいたかのように、腕の中の子犬を見つめ、そっと差し出した。
信じられないほどに白く美しい手がおずおずと子犬を受け取った。
受け渡す際、一瞬だけ少年の滑らかな白絹のような指先と有島のそれが触れ合った。
…有島の全身に電気のような…しかし恐ろしく甘美な震えが走った。
子犬を胸に抱き込み、怯えたように背を向ける少年に縋るように話しかける。
「私は有島篤人と申します。
軽井沢には恩師を訪ねに参ったのです。
決して怪しいものではありません。
不躾ですが、貴方のお名前は?
こちらに住んでおられるのですか?
私が改めてお訪ねすることを、お許し願えますか?」
少年は相変わらず怯えきった表情で有島を振り返り、首を振った。
…そして、小さな声で答えた。
「いいえ。何もお答えすることはできません。
…こちらにも…決してお訪ねにならないでください。
…今日のことは…これっきりお忘れください…」
「お待ちください!」
思わず触れようとした有島の手をするりとすり抜け、少年は逃げ去った。
蜂蜜色の美しい長い髪が、さらりと風に靡く。
ミルク色の深い靄が、あっと言う間に少年の姿を隠した。
…後に残されたのは、有島と…有島の胸に生まれて初めて宿った激しい恋の炎のみであった…。