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エメラルドの鎮魂歌
第1章 罪と嘘のプレリュード
「…八雲…夜会のことだけど…」
浴室の白いイタリア産のバスタブに浸かりながら、瑞葉は口を開いた。
肌の弱い瑞葉のために、八雲がわざわざブルガリアから取り寄せた薔薇の香油の入浴剤が溶かされているために、その湯は白く白濁し、瑞葉の裸体は密やかに隠されている。

八雲は、瑞葉を入浴させることも決して人任せにはしなかった。
幼い頃から毎日、自らの手で大切に洗い清めるのが常だった。

「まだご心配ですか?」
八雲は執事の制服の黒い上着とネクタイは取り去り、白いワイシャツの腕を捲り上げ、瑞葉を胸に抱き込むようにして、丹念に身体を洗ってやるのだ。

普段蒼ざめた透明感のある瑞葉の肌は、湯気と湯に蒸され、薄桃色に染まっている。
柔らかなガーゼを使い隅々まで優しく洗うのを、瑞葉はおとなしく身を任せている。
「…心配は、もうない…。でも…その日は八雲に会えないね…」

夜会が催される日は、朝から目が回るような忙しさだ。
その日ばかりは、一番信頼できる古株のメイドに瑞葉の世話を託すのが、八雲の常であった。

寂し気に目を伏せる瑞葉に、八雲は優しく笑いかける。
「お寂しいですか?」
「うん、寂しい。八雲に会えないと、寂しくて心細い…。
どうしていいか、分からない…」
そう言うと、濡れた身体を八雲に押し付ける。
堪らずに、瑞葉を背中から抱きしめる。
温かくしっとりと湿った華奢な身体が愛おしい。
濡れても尚、蜂蜜色の艶やかな髪を優しく撫で、そっと口づける。
「私もですよ。貴方にお会い出来ない時間は虚しさだけがこの胸を支配します。
見るものすべてが色を失うようです」
「…八雲…」
瑞葉が振り返り、八雲に抱きつく。
「…好きだよ…八雲…」
濡れたエメラルドの瞳が一途に八雲を見つめる。
八雲はそっと、その清らかな額に唇を落とした。
「…私もです。瑞葉様、貴方は私のすべてです」

瑞葉が八雲を慕っている気持ちは真実であろう。
だがそれは、寄る辺なき瑞葉の孤独さからよる感情だということを、瑞葉は認識している。
幼子が母を求めるように…慕うように、八雲を必要としているのだ。
八雲もまた、瑞葉を敬愛する心で好意を寄せていると信じているのだろう。

…けれど、瑞葉はまだ知らない。
自分が、瑞葉をひとりの人間として愛していることを…。
身も心も愛し、その肉体も心をも魂の底から渇望していることを…。




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