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エメラルドの鎮魂歌
第1章 罪と嘘のプレリュード
テーブルには三段の銀の盆に載せられた胡瓜のサンドイッチ、イングリッシュスコーン、スフレ、プチフルールが並べられ、熱いダージリンが用意された。
和葉には甘いクリームティーだ。
瑞葉は紅茶のシャンパンと呼ばれるダージリンがお気に入りだが、和葉はミルクたっぷりの甘いクリームティーしかまだ飲めない。
それを八雲はきちんと把握して用意させたのだ。
…僕に興味はないくせに、気遣いは一流だ…。
切ない想いにため息が出る。
ひとしきり、さもない話をする。
学校の話、クラブ活動の話、使用人の話…。
学校の馬場から馬が二十頭も公道に逃走してしまい警察が出動した話や、新しく入ったメイドの話…東北出身で訛りがひどく、話す言葉がまるで外国語みたいでちんぷんかんぷんで困る。東北弁辞書が欲しい…というような話を、瑞葉は実に可笑しそうに声を立てて笑って聞いていた。
「和葉の話は本当に面白いね。いつも夜に思い出し笑いしてしまうほどだよ」
…兄様は、笑うと大輪の薔薇が咲き初めたみたいに華やかになるな…。
和葉は弟ながら、うっとりと見惚れてしまうのだ。
ふと思い出したように、和葉は八雲に尋ねる。
「…そう言えば、夜桜の夜会はいつだっけ?」
八雲は瑞葉のカップに熱い紅茶を注ぎながら淀みなく答えた。
「来週の土曜日でございます」
瑞葉の長い睫毛が不安気に瞬く。
「…夜桜…の夜会?」
「うん。東翼の庭園の桜が見事だから、今年は夜桜の夜会を開くって、お祖母様が…。
全く…いい年をしてお祖母様は夜会好きで参るよ。
夜会の間中、僕はお祖母様の側にずっといなくちゃならないしさ」
「…八雲…」
瑞葉は不安気にカップを置き、八雲を振り返る。
八雲が素早く瑞葉の傍に近づき、その手を握りしめる。
「瑞葉様、ご心配はいりません。西翼には猫の子一匹近づかせませんので」
瑞葉は来客に恐怖を感じる。
幼い頃から薫子に、絶対に他人に貌を見せるなと固く言い渡されているので他人の気配があるだけで、胸が苦しくなってしまうのだ。
瑞葉の白く美しい手が、心細気に八雲の手を握り返す。
「大丈夫です。私が瑞葉様をお守りいたします。
…如何なる人間も、貴方に近づけさせたりいたしません」
「…八雲…」
春風が、音を立てて吹き抜けた。
息苦しいほど濃密に見つめ合う二人を、和葉は胸をちりちりと焦がしながら、そっと盗み見るのだ。
和葉には甘いクリームティーだ。
瑞葉は紅茶のシャンパンと呼ばれるダージリンがお気に入りだが、和葉はミルクたっぷりの甘いクリームティーしかまだ飲めない。
それを八雲はきちんと把握して用意させたのだ。
…僕に興味はないくせに、気遣いは一流だ…。
切ない想いにため息が出る。
ひとしきり、さもない話をする。
学校の話、クラブ活動の話、使用人の話…。
学校の馬場から馬が二十頭も公道に逃走してしまい警察が出動した話や、新しく入ったメイドの話…東北出身で訛りがひどく、話す言葉がまるで外国語みたいでちんぷんかんぷんで困る。東北弁辞書が欲しい…というような話を、瑞葉は実に可笑しそうに声を立てて笑って聞いていた。
「和葉の話は本当に面白いね。いつも夜に思い出し笑いしてしまうほどだよ」
…兄様は、笑うと大輪の薔薇が咲き初めたみたいに華やかになるな…。
和葉は弟ながら、うっとりと見惚れてしまうのだ。
ふと思い出したように、和葉は八雲に尋ねる。
「…そう言えば、夜桜の夜会はいつだっけ?」
八雲は瑞葉のカップに熱い紅茶を注ぎながら淀みなく答えた。
「来週の土曜日でございます」
瑞葉の長い睫毛が不安気に瞬く。
「…夜桜…の夜会?」
「うん。東翼の庭園の桜が見事だから、今年は夜桜の夜会を開くって、お祖母様が…。
全く…いい年をしてお祖母様は夜会好きで参るよ。
夜会の間中、僕はお祖母様の側にずっといなくちゃならないしさ」
「…八雲…」
瑞葉は不安気にカップを置き、八雲を振り返る。
八雲が素早く瑞葉の傍に近づき、その手を握りしめる。
「瑞葉様、ご心配はいりません。西翼には猫の子一匹近づかせませんので」
瑞葉は来客に恐怖を感じる。
幼い頃から薫子に、絶対に他人に貌を見せるなと固く言い渡されているので他人の気配があるだけで、胸が苦しくなってしまうのだ。
瑞葉の白く美しい手が、心細気に八雲の手を握り返す。
「大丈夫です。私が瑞葉様をお守りいたします。
…如何なる人間も、貴方に近づけさせたりいたしません」
「…八雲…」
春風が、音を立てて吹き抜けた。
息苦しいほど濃密に見つめ合う二人を、和葉は胸をちりちりと焦がしながら、そっと盗み見るのだ。